「っしゅーと!」
「大丈夫!?」
レッスン中、バランスを崩した俺を咄嗟に支えてくれたのは、聖哉だった。腕を引き寄せられ、厚い胸板でしっかりと受け止められて、転ぶ寸前で免れた。
その落ち着いた対応に、俺は自然と息をついて感謝を口にした。
「っあぶねー。…ありがとう、せいや」
「良かった反応できて……大丈夫?」
聖哉が優しく体を引き離そうとする。その手は大きくて力強い。元々ガタイは良いが、最近さらに鍛えたのか?
「また筋肉ついた? なんかドキッとした」
半分ふざけながら言うと、聖哉は照れたように笑って、「なんだよそれ」と軽くツッコんだ。
普段通りの会話だが、そのやり取りが思いのほか周りにも聞こえる声量だったことに、俺は気づいていなかった。
____
レッスンが終わり、メンバーはそれぞれのタイミングで部屋を出ていく。俺も荷物をまとめて帰ろうとしたその時、後ろから呼び止められた。
「しゅーとくん、ちょっと待って」
振り返ると楓弥が立っていた。Tシャツ姿のシルエットは細身だが、骨格の問題か、肩幅は意外としっかりしている。
ふっと笑い、いつもの調子で口を開く。
「一緒に帰ろう」
「……方向逆じゃない?俺たち」
「別にいいでしょ?」
そう言いながらかって歩き始める楓弥に、俺は少しだけ戸惑いながらも、その横を歩き出した。
夜風が肌に心地よく、最初は他愛のない話が続いたが、ふと楓弥が歩みを止めた。
「俺、羨ましい」
「え?」
俺も足を止め、横を見る。楓弥は俯いたままで、一瞬目線だけをこちらに向けた。その姿はまるで、不貞腐れた子どものようだった。
「せいやくんってさ、いいよね」
「……せいや?」
唐突な言葉に戸惑って問い返すと、楓弥は靴先を見たまま続けた。
「簡単に、しゅーとくんのこと意識させられてさ。俺にはできないのに」
楓弥の顔がほんのり赤くなり、悔しそうに唇を噛むのが目に入った。
(……なんだよ、それ)
その表情があまりにも可愛らしくて、思わず吹き出してしまった。
「ちょっと!なんで笑うの!」
楓弥は顔を真っ赤にしてこちらを睨むが、少しだけ泣きそうな脆さが混じっていた。その表情は本当に拗ねた子どもみたいだ。
「どうせ、また子どもだって思ってるんでしょ」
拗ねて言う楓弥が、余計に可愛らしい。
「ごめん、なんか可愛くて」
笑いながら正直に言うと、楓弥はしばらく目を見開いて固まっていた。顔がみるみる赤くなっていくのが、夕焼けに染まる空の下でもはっきりと分かる。
そんな様子にまた笑いながら頭を撫でると、楓弥は俺から視線を逸らしてそっぽを向いてしまった。
「……しゅーとくんって、ずるい…」
震えるように小さな声。本当にこの前俺を押し倒して来た奴と同一人物なんだろうか。耳まで赤くなった横顔が、なんだか無性に愛おしかった。
フードを掴む手に少しだけ力を込めて、気まずそうに深く被り直す楓弥を見て、胸にストンと何かが落ちる。
(俺、あんなことされてもまだ、楓弥のことが可愛いんだ…)
しかし、その言葉を口に出すのはやめておいた。
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