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「――ゆず君」

「つむ……ぎ、さん」



俺を捉えた瞳は一瞬だけパッと輝いたが、次の瞬間には陰りを見せて、ゆず君は消えるような声で「こんばんは」と付け足した。亜麻色の髪を弄りながら、俺が隣に来るのを待って、それから、チラチラと落ち着かないように、俺の方を見る。



「紡、さん……来てくれたんですね」

「勿論。ゆず君に呼ばれたからね」

「他の人にもそう?」

「うん?」



いや何でもないんで忘れて下さい。といわれ、ゆず君が何を言ったのか、はっきりとは聞き取れなかった。でも、彼の中で、罪悪感や、その墓にも沢山のマイナス感情が渦巻いているんだなあっていうのは、顔を見て分かった。彼は今、演じていないって一目で分かるほどに。素の彼はこんな感じなのか、と感動する暇も無く、俺も言葉を紡ぐ。



「ゆず君と仲直りしたかったからきた。それじゃ、ダメ?」

「ダメじゃないですけど。悪いのは僕でしたし、怖い思いをしたのは紡さんで……ああ、何て言ったら良いんだろ。僕、こういう言語化する能力って無くて。小説書いてるのに何って話になるんですけど」

「ま、まあ……」



思えば、ゆず君が書いているっていう小説を読ませてもらったことは一度もなかった。だから、ゆず君の書く物語が読みたいなあ、とは前々から思っていたことで。

まあ、それは置いておいて。そんなことを話にここに来たんじゃないと。

ゆず君は、落ち着かない様子で、口を動かしては、閉じ手を繰り返した後、一層強くギュッと下唇を噛んで俺の名前を呼んだ。



「と、りあえず。移動しませんか。僕の家。そこで、ゆっくり話しましょう」



そう言った、ゆず君に俺は二言返事で答えて、彼の後をついて行く。その間、ゆず君は無言で、こちらから話し掛けられるような雰囲気でもなくて黙ってついて行くしかなかった。いいたいことは一杯あったし、伝えたいことも山ほどあった。けれど、彼がよし、とするまで、彼が彼自身を許せるまで待とうと思った。だって、今ゆず君はきっと自分を責めているから。

ポーンと、ようやく馴染んできた、エレベーターの音を聞きながら、ゆず君の部屋があるかいに上がる。その間も、彼は何も喋らなかった。ゆず君もゆず君で、何から話そうかと考えているのかも知れないと思った。別に俺は怒っていないし、お互いの認識のずれとか、そういうのが重なって今回の出来事が起きた、という風に俺は捉えているから。でも、ごめんなさい、でお互いすむような話じゃないんじゃないかとは思っている。



「どうぞ……」

「お邪魔します」



ゆず君に、招かれて、家の中に入る。リビングは散らかっていないし、朝のままだった。まあ、ゆず君にも仕事があるし、ずっと家にいるなんてこと無いとは思うけど。

俺は、キョロキョロと辺りを見渡しつつ、何も変わっていないな、と確認した後、ゆず君にポンポンと、隣に座るように促される。隣に座って良いのかと、迷っていれば、ゆず君が「いやなんですか?」と傷ついたようにいってくるので、そんなことない、と思い切って座る。ボフン、なんて大きな音を立ててソファが沈むもので、壊れたんじゃないかと一瞬焦ってしまった。

それからゆず君の方を見て、さあ、話し合おう、という空気を作る。

けれど、ゆず君は、中々言い出せないというように、沈黙を貫いた。


このままじゃ、拉致空かない、とこちらから話そうと口を開けば、それはダメというように、ゆず君が口を開いた。



「ごめんなさい、紡さん」

「ゆず君、ううん、俺こそ」

「違う。紡さんは悪くない。怖かったのに、僕はもっと怖いことした。自分の感情ぶつけて、紡さんの事考えてなかった」

「自分を責めないでよ」



こんなこと言って良いのか分からなかったけど、口から零れた言葉はそんな言葉で。

それを聞いて、ゆず君はよりいっそ、力を入れて拳を握っていた。



「本当は、今日話すか迷ってたんですよ。でも、レオ君が、話してきたほうがい言っていったので。若干、まだ整理、つけ切れてないですけど。紡さんの顔みたいなっておもって……僕ってダメですよね」

「ダメじゃないよ。俺も、ゆず君の顔見たかったし、声を聞きたかった……謝りたかったよ」



だから、謝ることはない、とゆず君に釘を刺されたので、俺は黙っていることにした。

彼を受け入れるのもまた、一つ方法だと思ったから。



「紡さんが何であんなことされていたのか、分からないままなんですけど、怖かっただろうにっていうのは想像つきました。冷静になって考えてみればそうなのに、僕はなんて愚かなことをしたんだろうって。それで……謝らせて下さい。本当に昨日はすみませんでした。許して貰えるなんて思ってませんから、でも、でも」



と、ゆず君は何かを堪えるように言う。


その涙は、嘘じゃないだろう。演技なんてもちろんしていないだろうし。

俺は、そんなゆず君を、真正面から抱きしめた。壊れてしまいそうなほど、小さく感じてしまった。ゆず君って、いつも格好良くて可愛いのに、守ってあげなきゃっていう存在に見えてしまって。

ゆず君は俺の温もりに浸りながら、ぼそりと呟く。



「……僕、紡さんとやり直したいです。昨日のこと、それから、僕の話聞いてくれませんか」



と、ゆず君は俺を押し倒した。


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