(落ち着け……。朱里が一人、朱里が二人、朱里が三人……。可愛い……)
脳内で小さな朱里がポコポコ登場し、目の前のテーブルの上でかけっこしたり、スキップしたり、不思議そうな顔でこちらを見る妄想をする。
そんな妄想を日常的にしていたぐらい、朱里の事が大好きだったはずなのに、今は私の頭の中を涼さんが侵食してくる。それが慣れなくて嫌だ。
(〝大切〟が変わるかもしれないって、こんなに不安な事なんだ)
今までは朱里が一番で、結婚できなくても友達枠なら一生側にいられると思っていた。
一緒にいるためなら愛のない結婚だってするつもりでいたし、そんな歪んだ想いを持つ私を朱里も受け入れてくれていたから、余計にその考えを正当化しようとしていた。
朱里は女性だし、親友だから私に危害を加えない。
可愛くて美人で自慢の友達で、彼女を守るという崇高な信念があったから、今まで強い中村恵をやってこられた。
(……でも、男性に守られる自分って想像してなかった)
守ってほしいと思っているわけじゃないけど、涼さんの高スペックを前にすれば、私はあらゆる意味で劣っていると認めざるを得ない。
涼さんは「隣を歩いてほしい」と言っていたけれど、もしも今後ずっとお付き合いが続いていくなら、色んな面で彼を頼る場面が発生するだろう。
そうなると、自立した大人の女性としての自分が揺らぎそうで怖かった。
いや、弱さを認めるというべきか……。
(……女って不便だな)
そんなふうに思ってしまう私は、恋愛に向いていないのかもしれない。
(私はどんな付き合いをしたいんだろう)
長ソファに仰向けになった私は、溜め息をついて目を閉じた。
でも涼さんの事を考えると混乱してしまいそうなので、今回のランドとシーを振り返る事にした。
以前にも朱里と遊びに来た事はあったけど、皆が憧れるラビティーのホテルに泊まれるなんて思わなかった。
ひとえに朱里をだだ甘やかしている篠宮さんのお陰だから、あとでお礼を言わないと。
……金額の事を考えたら失礼だけど、ただでさえ高いラビティー関連を四人分となったら、軽く三桁万円は超えている気がする。
(しかもスイートだしな……)
篠宮さんの住まいは物凄いセレブマンションだし、何百万という金額でも大して痛くないんだろう。
朱里は無事に婚約指輪、結婚指輪が決まったと言っていて、気に入ったデザインの物に満足してたようだった。
けれど篠宮さんは海外ラグジュアリーブランドの何百万もする物を買うつもりでいたのか、『ちょっと肩透かしを食らったような顔をしてた』とも言っていた。
私からすれば何十万っていう指輪でも相当高価だけど、篠宮さんレベルの人はその辺がバグってるんだろうな。
(……涼さんはそれ以上なのかな)
比べたら失礼だけれど、彼は三日月グループの専務と言っていたけれど、傘下の会社を合計すれば、軽く篠宮ホールディングスを上回る大きさだ。
毎日、テレビでもネットでも、街を歩いたら銀行や不動産、色んなところで三日月の文字を見る。
(そんな所の御曹司に目を付けられたとか……、やっぱりバグなのでは?)
考えながらふくらはぎを揉んでいると、「やっぱり疲れたんだね」と涼さんの声がした。
ハッとして目を開けると、風呂上がりの涼さんが私を見下ろしている。
「うわっ! あのっ!? いでっ!」
脚を上げ、反動をつけて起きようとした時、足をテーブルにぶつけてしまった。
「大丈夫?」
心配した涼さんが私の足をとろうとしたので、とっさに足を上げてしまった。
靴は脱いでいる……とかの問題ではなく、一日歩いて蒸れた靴下の足だからこそ、触られたくない。
なら、とっととお風呂に入れって感じだけど、それもまた緊張する。
「……だいっ、……じょうぶ、です……」
私は歯を食いしばり、涙目になりながら答える。
「ふくらはぎ、揉んであげようか?」
「いっ、いや……っ……、その、一日遊んで汗掻いてるので!」
「ああ、女子は気になっちゃうよね。またイヤフォンしてるから、お風呂行っておいで」
こうやって話していると、物分かりが良くて「大人だなぁ……」と感じる。
私は何かにつけて、子供みたいに焦ってしまっているのに。
涼さんはミニバーからミネラルウォーターのペットボトルを出し、ゴクゴクと飲み始める。
「……じゃ、じゃあ……、行ってきます」
私は変にかしこまりつつ、バスタオルに下着を挟み、パジャマを持ってそそくさとバスルームに入った。