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こはる
「どうだ? うちの息子の実力は?」
「ええ。中々のものだとは思います」
今はまだ円滑な人間関係のために世辞を述べる。
俺の中の|魔術師《ウィザード》像はネストだ。それが基準である為、正直言って大したことないな……というのが本音であった。
俺たちの前で行われているのは、ニールセン公の子息であるアレックスと、同じ特別クラスのブライアンとの模擬戦。
互いに激しく攻撃魔法の応酬を繰り広げてはいるが、素人目に見てもアレックスの方が明らかに優勢だ。
金髪碧眼の好青年。肩までかかるサラサラの髪は、戦闘中だからか後ろで一本に結わえている。
一方のブライアンはふくよかな体型で少々動き辛そうではあるが、アレックス相手に善戦していた。重そうな身体を必死に動かしてはいるものの息は上がり、疲れを隠しきれていない。
どう見てもアレックスの方が見た目も実力も上。端的に言うとハンサムで女子人気は高そうに見えるが、ブライアンを応援している生徒の方が圧倒的多数であった。
「【|重力撃《グラビティトレッド》】!」
「ぐっ!」
ブライアンの足元に形成された魔法陣。そこに普段以上の重力場が形成されると、逃げ遅れたブライアンはその場にガクリと膝を突き、アレックスはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
のしかかる重力に必死に藻掻くブライアン。アレックスはそれを何もせず見ているだけ。
なんとかそれに抗い立ち上がろうとするも、結局は力及ばず、ブライアンは持っていた杖を手放した。それは降参を意味する行為。
「それまで! 勝者アレックス!」
ネストが勝者を高らかに宣言し、周りの生徒たちからの歓声が――沸かなくはなかったが、他の生徒たちとは違い、明らかに少ない。
なんというかアウェー感が強い。にもかかわらず、ニールセン公は興奮気味に立ち上がり、自分の息子に惜しみない拍手を送っていた。
それに気付いたのだろう。アレックスはこちらを一瞥すると、何事もなかったかのように去って行った。
「いやはや、年甲斐もなく興奮してしまったよ。さすがは私の息子だ」
終始笑顔のニールセン公。機嫌は良さそうである。
「すまなかったね九条。では、話を戻そう。例の件だが……」
「お受けします」
「おお。ならば……」
「ただし一つ条件があります。それに応えて下さることを俺への報酬としましょう」
「よかろう。王位以外であれば何でも用意しよう」
「では、第二王女の派閥を抜け、第四王女の派閥に属して下さい」
一瞬にしてニールセン公の顔色が変わる。
「……いや、ちょっと待て! いくら何でも……それは……」
困惑の表情を浮かべ、口ごもる。出来れば別の要求にしてほしいといったところか……。
とはいえ、なんでもと言ってしまった手前、言い出せないのだろう。
貴族同士での強引な引き抜きは通常ならありえない。政略結婚などで少しずつ懐柔していくのが一般的であり、水面下で行われている駆け引きは数多に存在するが、それは貴族間の不文律だ。
今回の要求は、貴族ではない俺だからこそ出来る芸当であり、それはニールセン公にとっては脅しとも取れる要望。
とは言え、それを通す気はない。ネストにも止められているが、これは次の要求を通すための布石でもあるのだ。
「すいません。それは流石に言いすぎました。少し要求を変えましょう」
「それはまことか!?」
「ええ。もう少し柔らかく。……そうですね……ニールセン公はそのまま第二王女の派閥に残っていて結構ですので、定期的に第二王女の動向を報告していただけると……」
ニールセン公の顔に笑顔が戻ったのも束の間、それは一気に熱を帯びた。
持ち上げられてから、急に叩き落とされた気分であろう。確かに要求のレベルは下げたが、それが貴族としての信条に反する行為なのは変わらないのだから。
「……貴様っ! 私にスパイの真似事をしろと申しておるのかっ!?」
「もう少し静かにお願いします。下の生徒たちに聞こえてしまいますよ?」
ハッとして声を押し殺すニールセン公。あり得ない物でも見るような目で俺を睨みつける。
「勘違いしないで頂きたい。真似事ではありません。そのものズバリです。派閥を乗り換えるよりいいでしょう?」
「貴様ッ……」
ニールセン公の額からだらだらと垂れる脂汗。
返事を保留し、考える時間は与えない。譲歩を引き出そうとされないためにも。
「おっと。後ろの護衛の方々に聞かれてしまいましたね。どうします? 殺すならお手伝いしますよ?」
いきなりの物騒な物言いに、後退るフルプレートの騎士たち。表情は見えなくとも動揺しているのがまるわかりだ。
もちろんそんなことは微塵も思っていない。そもそもこんなところで人殺しなんて出来るわけがないのだが、ニールセン公が俺を信じきれないからこそ最悪の事態を考えてしまったのだろう。
「いいや、待て! わかった。その要求を呑もう……。彼らは生を受けた時より我が家に仕える従者であり騎士だ。彼らから情報が漏れることは絶対にないと断言できる!」
視線は泳ぎ、額からは汗が滲むも、ニールセン公は焦りの色を隠そうともしない。
「……だが、それは成功報酬だ。構わんな?」
「ええ、それで十分です。交渉成立ですね」
笑顔で差し出した右手を、ニールセン公は躊躇いながらも握り返す。その手に込められた無駄な感情には、少々痛みを感じるほどであった。
――――――――――
模擬戦も終わり、誰もいなくなった会場でニールセン公だけが立ち尽くしていた。
(これでよかったのだろうか……)
長男は戦死、長女は嫁ぎ、残る息子はアレックスただ一人。今から子を成しても間に合わず、だからといって養子をとるつもりもない。
五年先か十年先か……。いずれはアレックスに家督を譲らなければならない。ニールセン公は世継ぎ問題に頭を抱えていたのだ。
ミスト領は広大だ。故に隣国のシルトフリューゲル帝国とのいざこざは絶えず、ニールセン公はその戦禍の中で、いつ命を落としてもおかしくない。
もちろん国王からは手厚い補助も受けている。しかし、頼みの綱であるノルディックはもういない。
今のアレックスにはノルディックほどの統率力はなく、兵を率いる術は知識として叩き込んではいるものの、威厳もなければ人徳もない。そんな息子に付き従う者がいるわけがないのだ。
戦争に負ければ領地は敵に奪われる。そうなれば、ニールセン家は衰退の一途を辿るだろう。
どうしてもアレックスの根性を叩き直すことが必須条件。今はまだいいが、未来は確実にやってくる。
ニールセン公は何度もそれを正そうと、アレックスを叱責した。もちろん体罰も厭わない。だが、どれだけ厳しくしようとも、アレックスにはわかってもらえなかった。その場では反省した素振りを見せるものの、馬耳東風であったのだ。
(なぜ……。なぜ親の気持ちがわからないのか……)
ニールセン公には、九条の要求を呑む以外に道はなかった。背に腹は代えられない。それは家の存続と領土を守るためでもあるのだ。
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