どうせ下の谷川で沢蟹でも取ってつまみ食いでもしているんだろうな、そうレイブは想像していた。
春先、この季節のバストロの慣例行事だったからである。
しかしその予想は裏切られてしまったのである、人影があったのは崖の上、身を乗り出すようにして崖の淵から下方を覗き込む、漆黒のフードローブの姿が見えたのだった。
まあ、上に居たのなら降りて行く手間が省けてよかった、そう思ったレイブはいつもより丁寧な口調を意識して黒衣の人物、自らの師匠バストロに向けて声を掛ける。
「師匠ー! ちょっとねぇ、血抜きのコツぅー! 教えてよぉ! さっきやったらねぇ、上手く出来なくってさぁー、って、ってぇ、えっとぉ…… だ、誰? です、か?」
レイブの大声に無言のまま振り返った人影は師匠バストロではなく、初めて目にした赤の他人であった。
問い掛けに答える事無く、フードを脱いだ顔は、端正な女性の物である。
表情を変えずレイブを値踏みする様に凝視する無表情な顔は、美しいが故に一層酷薄な物に見えてしまい、レイブと後ろに続いたギレスラ、ペトラの足を止めさせるのに充分過ぎる冷たさを持っていた。
形は良いが、冬篭りのせいだろうか? 少し荒れてカサカサしている唇が僅(わず)かに動き、言葉を発した。
「バストロの、弟子? か……」
ゴクリっ……
見た目同様、女性らしい高音の声音(こわね)は酷く透き通って美しかったが、反面、感情の類を持っていないかの様に、冷たく淡く、レイブ達には凡そヒトの音には感じられない。
『ブフォッ、なんじゃぁ! 来て居ったのかお嬢っ! 久しぶりじゃのぅっ! 相変わらず美しい、善き哉善き哉! ブフォフォフォォッ!』
「叔父上、いいえヴノが一緒に、ね…… じゃあ、やっぱりバストロの弟子なのね、アナタ名前は? それと幾つなの?」
話し掛けながらも表情が変化する事無い美女に警戒心を残しながらも、どうやらヴノとバストロの知り合いらしい、そう判断したレイブはビビリながらも返事をする。
「あ、えっと僕はレイブです…… 歳は今年で十歳ですけどぉ…… えっと、お姉さんはぁ、だ、誰でしょうか?」
美女は相変わらず無表情のままである。
「アタシはフランチェスカよ…… そうアナタまだ十歳なのね…… アタシのとこのシパイより二つも下なのか…… その歳でもう血抜きをやらされてるのかい? はあぁ、全くぅ、一体何を考えているんだかっ、あっ、ああ、考えていないのか? あのバストロの馬鹿はっ!」
この発言には、警戒心等かなぐり捨てたレイブの悲鳴に近い声が返す。
「し、シパイ? コサックのナイフ所持者、黄金の髪を持ったシパイ、シパイ兄ちゃんがお姉ちゃんの所で生きている、そうなんだねぇ? しかも、しかもだよぉ~、僕と同じ様に魔術師の修行をしているとかぁ…… 本当なのぉ? お姉ちゃん、本当なのぉ?」
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