テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
第10話「指先の文鳥」
朝、出勤前。風間琴葉はベッドの端に小さな気配を感じた。
「……おはよう」
振り返ると、そこに座っていたのは、白い長袖シャツをまとった、華奢な青年だった。
肩まで伸びた銀の髪がふわりと揺れ、赤い目が伏し目がちにこちらを見ている。
色素の薄い肌は透けるようで、息を吹きかけたら溶けてしまいそうな儚さがあった。
「……あなた、文鳥?」
彼はそっと頷いた。
「……ぼく、君の部屋の窓際にいた手乗り文鳥。
今朝、擬人化して……でも、触れたら壊れてしまいそうな気がして、まだ何もできない」
琴葉は静かに座り直し、彼の手に自分の指先をそっと重ねた。
「じゃあ、触れないように触れてみる?」
文鳥の青年は、瞳を少しだけ丸くした。
「こわいんだ。感情が強くなると、ぼく、心拍がはやくなって、羽がうまくたためなくなる。……嫌われるかもしれない」
琴葉は指先だけで答えるように、彼の手を撫でた。
彼の手は小さくて、ひどくあたたかかった。
「私も、無理にふれられるのは苦手。でも、あなたみたいに“どう触れるか”を考えてくれる人の指なら……たぶん、受け入れられる」
文鳥の青年は、そっと笑った。
その微笑みは羽のように軽く、手の上に落ちてくるようだった。
「ぼく、君の“やさしい”を覚えたい。だから、焦らず近づいてもいい?」
「うん。手と手のぶんだけ、少しずつね」
春の朝、光の中でふれあう指先は、言葉よりも深く相手を理解していた。
それは——とても文鳥らしい、静かな恋の始まりだった。