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「私……」
紫音はギシギシと音を立てながら、ベッドに上ってきた城咲を見上げた。
「殺されるの……?」
「はい、そうです」
城咲は間髪入れずに答え、至極当然といった顔で紫音を見下ろした。
「なんで!?」
紫音は縛られている腕を思い切り振りながら城咲を睨んだ。
「さあ、何ででしょう」
城咲は紫音の太ももの上に跨り、押さえつけるように体重をかけると、腹に置かれたデンドロビュームの花を一輪拾い上げた。
「デンドロビュームの花言葉はご存知ですか?」
「……そんなの、知るわけないでしょ……!?」
紫音はできるだけ顔を突き出して、城咲を睨んだ。
「その花の名前だってさっき知ったばかりなのに!ーーあなた卑怯よ!!」
「……卑怯?僕が?」
城咲は驚いたように目を丸く見開いた。
「そんなマイナーな花を持ち出して!覚えてない私が悪いなんておかしいでしょ!
その花が薔薇だったら!チューリップだったら!私だってピンときたし、怪しいほどタイミングよく現れたあなたにノコノコついて行ったりしなかったし!!」
城咲の白い顔に、唾が吹き飛ぶくらいの声で叫んだ。
「それを!花を愛せる人じゃないからって殺すなんて!卑怯よ!!」
言い終わると、ビキンと首筋に激痛が走った。
「うっ……!」
紫音はあまりの痛さに、枕に頭を埋めた。
「ふふ。首がつりましたか?」
城咲は笑うと両手を紫音の顔の横についてのぞき込んだ。
「あなたは勘違いをしている。僕はチャンスをあげた、と言っただけですよ。そうじゃないと、ただ殺されるだけなんて、かわいそうですからね」
紫音は痛みと恐怖で眉間にしわを寄せながら城咲を睨んだ。
「初めから殺すつもりです。あなたも、あなたのご家族も」
城咲は微笑むと目を細めた。
はじめから?
さっき城咲の言葉に覚えた違和感がやっとわかった。
はじめから殺すつもりで近づいた。
だからはじめから、知っていた。
話題に出たことのない、紫音の年齢もーー。
「どうして……?」
なぜ今まで気づかなったのだろう。
この男の光のない穴のような瞳の不気味さに。
「デンドロビュームの花言葉は……『純潔』『思いやり』『華やかな魅力』そして……」
城咲は紫音の耳元に唇を寄せた。
「…………?」
紫音は城咲を見上げた。
「潔癖……?潔癖症だから、私のことを殺すの?」
「ええ、そうです」
城咲は再び状態を起こすと、自分の両手に麻紐をくるくると巻き付けた。
「たった、それだけの理由で?」
「はい」
城咲は巻き付けた麻紐をぐっと左右に引っ張りピンと張らせた。
「……そんなの、納得できない!いっぱいいるじゃない!潔癖症の人なんーーー」
「あなたは!」
城咲が急に大きな声を出した。
「―――あの子?」
紫音は口を開けた。
そして素早く視線を上下させた。
「あなた、もしかして……」
城咲は黙ってこちらを見下ろしている。
「だって、あれは凌空が……!」
パクパクと言い訳が飛び出す。
「お兄ちゃんだって……!」
必死で弁明の言葉を紡ぎだす。
「そうしたら、ママが……!!」
「今は!」
城咲が紫音の言葉を遮った。
城咲は素早く紫音の頭の後ろから紐を通すと、それをクロスに捻り、その首を締めあげた。
「どうしましたか?叫んでもいいんですよ?」
ブルブルと紫音の頭が震えるくらい力を込めながら、城咲は紫音をのぞき込んだ。
「すぐ隣には、あなたの愛する家族がいるじゃないですか」
城咲が笑う。
「ぐぐ……ッ。ぐぐぐぅ……」
声か音かわからない変なものが口の中から喉に流れようとしている。
逆に胃袋から上がってきた吐瀉物が、嗚咽を促す。
しかし完全に寸断された麻紐が両者の行く手を阻み、どちらの動作も完結しない。
苦しみに耐えながら、うっ血のため浮腫んだ瞼をどうにか開ける。
城咲は笑いながらそれでも力を緩めることなく紐を絞め続けている。
もう無理だ。
腕は縛られているし、下半身は城咲に完全に体重をかけられている。
もう死ぬしかない。
それであれば少しでも楽に……。
頭が割れるほどに痛い。
しかしそれもやがて感じなくなるだろう。
(早く……殺して……)
目を瞑ったところで、
「あ、そうか」
城咲が急に手を緩めた。
「僕が縛ってるから、声が出せないのか」
そういって彼はシュルシュルと麻紐を緩めた。
「………ッ!!おエッ!!オえ!!」
急に開通された喉が、気管が、肺が、胃袋が、同時に動き出す。
呼吸と嘔吐を繰り返し、枕は吐瀉物だらけになった。
「さあ、呼吸が落ち着いたらどうぞ」
城咲は紫音を見下ろしながら言った。
「家族を呼んでみてください」
「………ッ!!!」
紫音は城咲を睨み上げた。
やっと楽になれそうだったのに。
この人は………悪魔だ。
「……ママ」
紫音は口を開いた。
「それでいいんですか」
城咲がまた紐を絞める。
意識が薄れかけてきたところで、
「ほら、遠慮しないで」
緩められた紐の間から、強制的に再開される呼吸のせいで、再度嘔吐する。
「……お兄ちゃん……!」
叫ぼうとする声がかすれる。
「そんなので聞こえると思ってるんですか?」
また首を絞められる。
そしてこと切れる直前で、紐が緩められる。
「ほら、しっかり」
もはや嘔吐するものも残っていない。
「……!凌空……!!」
喉の奥が焼けるように痛い。
「その調子です!」
激励とは裏腹に、また紐を絞められる。
もう耐えられない。
こんな地獄が続くくらいなら、
死んだ方がマシだ。
次、紐が緩められたら、
次、話すことができるようになったら、
楽にしてほしいと言おう。
殺してくださいと頼もう。
「はい、頑張って!」
紐が緩められた。
しかし自分の口から出たのは、
「パパアッ!!!!」
ここ何年も話していない、父親を呼ぶ声だった。
「………やっぱり聞こえないみたいですね」
城咲は、市川家のある東側の壁を見ながら言った。
「『このマンションは、防音がしっかりしているから』」
いつか誰かが言った言葉をそのまま反芻する。
しかしその声を紫音が聞くことはなかった。
城咲は“彼女”を見下ろすと、ふうと小さく息を吐いた。
「ありがとうございます。紫音さん。よく頑張りましたね」
その涙と鼻血と吐瀉物にまみれた頬を掌で撫でる。
「一番、罪の軽かったあなたをこうやって殺すことで、僕はこれからの行為を正当化することができる」
城咲は微笑んだ。
「“紫音さんでさえ、あんなむごい殺し方をしたのだから”、と」
城咲は視線を上げた。
壁に飾られた写真。
そこにはたくさんの薔薇に囲まれながら微笑む少女と、手を引かれ照れ臭そうにしている少年の姿があった。