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食事の後にフィル様は風呂に入った。
風呂から出てきたフィル様の髪を丁寧に拭く。本当に美しい銀髪だ。これに誰かが触れたのか?耐え難いことだ。
髪を拭き終わると俺はフィル様の前で膝をつき、フィル様の両手を取った。そしてバイロン国の王子のことを聞いた。
フィル様は素直に話してくれた。自国の兵に殺されそうだった所を助けてくれたこと、女に間違えられて求婚されたこと、魔獣に襲われた時に男だとバレて一旦離れたが、トラビスに襲われた時に再び助けてくれたこと、男だとしても好きだと求婚されたこと、フィル様が行きたかったデネス大国まで一緒に旅をしたことを。そしてバイロン国の城に行ったのは、第二王子と婚儀を挙げるためだったと聞いて、俺は雷に打たれたかの如く衝撃を受けた。
「痛い!手っ、離して」
「申し訳ありません…」
衝撃を受けたと同時に怒りで頭が真っ白になった俺は、知らず知らずにフィル様の手を強く握りしめていた。フィル様の言葉に少しだけ力を緩めるが、手は離してやらない。
「この国でいらないと言われた自分が、妻にと望まれて嬉しかったよ」と話すフィル様の声に、俺の中にドス黒いものが広がっていく。
俺の内面になど気づく様子もなく、フィル様は幸せな未来など来ないし呪われた子としての責務を果たすと話し続ける。
「話し合いなんて無意味だし時間の無駄だ。僕は母上から姉上のことを頼まれてる。だから明日、姉上の前で、おまえがその剣で僕の胸を貫いて」
「フィル様」
「おまえがどうしてもできないと言うなら、トラビスに頼むから」
その言葉を聞いた瞬間、俺の心は決まった。
フィル様の両手を額に押し当てて、心の中を落ち着かせる。そして顔を上げてフィル様の目を見つめた。
「わかりました…。俺があなたを殺します。ですが俺はあなたの傍を離れません。ずっと共にいます。共にいることを許可してください。よろしいですね?」
「…わかったよ。好きにしろ」
「はい」
俺は目を細めた。
フィル様を殺したくはない。だが、フィル様が誰かのモノになるくらいなら、隣国の王子のモノになるくらいなら、俺の手で殺したい。俺もすぐに後を追う。そうすれば、永遠に共にいられる。だから俺は、フィル様を殺すことを承諾した。
フィル様に求婚をしたというバイロン国の第二王子。どのような男か知らぬが、フィル様を渡さない。
フィル様が城からいなくなったことを知って、追いかけてくるだろうか?諦めるだろうか?どちらにしろ、その男がここへ来た時にはもう、フィル様はいない。俺と共に現世から消えるのだから。
フィル様がフェリ様と対面された日。
俺はフィル様の命をフェリ様に移すために大切な宝物に剣を突き出した。しかし驚いたことにフィル様の華奢な身体に剣が刺さらない。
困惑したフィル様がシャツを脱ぐと、蔦のような痣が剣先に絡みついて、身体を傷つけることを阻止している。
今にも命の火が消えそうなフェリ様の姿に、首を斬れとフィル様が叫んだ。だが首にまで広がった痣が邪魔をする。では毒を飲もうかと騒いでいるうちに、フェリ様がついに力尽きた。
フィル様はとても悲しんだ。フェリ様を助けるために戻って来たのに、結局なにもできなかったと自分を責めていた。
悲しむフィル様の隣で、緊急の会議が行われる。大宰相がもしもの時のためにと考えていた案を聞いて、扉の前で外を見張るトラビス以外の全員が賛成をした。
その案は、昔のようにフィル様がフェリ様の代わりとなること。フェリ様のフリをして女王となること。
本当は、俺はフィル様を連れ出して、どこか静かな所で二人で暮らすことを願っていた。でもそれは無理だろう。城から出てもいいなら、フィル様は隣国の第二王子の元へ行ってしまうだろうから。
それならば、ずっとイヴァル帝国に縛りつけておく。女王として国と民を守る責務を与えて、イヴァル帝国から離れられないようにする。そして俺も、この国から離れない。フィル様の傍にいる。
女王となったフィル様は、永遠にバイロン国の第二王子の元へは行けないのだ。
大宰相から話を聞いて、フィル様はできないと首を横に振った。
俺は震えるフィル様の背中を抱きしめて、高揚の余り、うわずりそうになる声を落ち着かせながら言う。
「フィル様、あなたがやらなければならないのですよ」
「無理だ…やりたくない。それに僕は…王の器じゃない。できないよ…」
「大丈夫です。あなたならできます。俺がずっと支えます。傍にいます。だからどうか女王になると仰ってください」
思わず声が震えてしまった。嬉しくて。この国から出ることが叶わないフィル様を想像して。
こちらを見たフィル様の目には、どう映っただろうか。フィル様の境遇に共感して悲しんでいるように見えてたならいいが。
「少しだけ、姉上と二人にさせて。お願い…」
そう願うフィル様を置いて、皆が部屋を出た。
俺はフィル様の部屋の前で待っていた。
しばらくして戻って来たフィル様は、感情の読み取れない人形のような顔をしていた。