海の向こうに花の姿はもうなかった。
結衣は浜辺に座り、波が靴を濡らすのも気づかずに、静かに息を整えていた。
心の奥は痛いけれど、もやもやはない。
花が自分で選んだ道を、結衣は受け入れていたからだ。
手の中のヘアゴムは、まだ温もりを残しているように感じられた。
握るたび、花の小さな笑顔と、柔らかい声が浮かぶ。
『結衣……ありがとう。』
その言葉だけで、結衣は救われた気がした。
朝日が波に反射して、海を金色に染める。
光は強くて、冷たくて、でも美しかった。
結衣は立ち上がり、海を見つめる。
花はもうここにはいない。
けれど、光の向こうにいる気がした。
静かに、結衣は海岸線を歩き出す。
波が足元を洗うたび、花の存在を思い出す。
泣きたくなるほど悲しい。
でも、悲しみは美しい。
花の最後の優しさを感じられるから。
「さようなら、花。」
声に力はなくても、胸の奥で確かに響いた。
もう振り返らない。
これ以上のことは、誰も変えられない。
砂浜には波の音だけが残り、
風が結衣の髪をそっと揺らす。
痛みはあるけれど、清らかで、静かで、
これが二人の最後の時間だった。
結衣は歩きながら、心の中で何度も花の名前を呼ぶ。
届かなくても、もうそれでいい。
花が選んだことを尊重できることが、結衣にとっての愛の証明だったから。
波が光を揺らす。
海は何も変わらない。
でも結衣の胸の痛みは、確かに生きていた。
それだけで、十分だった。
もう、
いつもどうりに生きれないだろうけど一一







