「お母さんが連れて行かれた後、私は奴隷として売られてあちこちを転々としました。たくさん酷い目にあいました……でも、何とか耐えたんです。こんなところで死ねない。なんでお母さんが殺されたのか、それを知りたくてっ!」
少し落ち着いたエーリカは、少しずつゆっくりと語り始めました。酷い目に……その言葉に怒りが沸きましたが、今は我慢です。
「前の雇い主の隙を見て逃げて、先月この町へ来ました。そこで『ターラン商会』に拾われて、此処へ」
「マーサさんに感謝ですね。貴女とこうして再会できたのですから」
「はい……頑張りが報われました。またお嬢様とお会いできたんですから!」
「もう安心ですよ、エーリカ。貴女は私の大切なものですからね。もう手離しませんから、覚悟してくださいね?」
「望むところです!」
うん、元気が良いですね。
「エリサさんの敵討ちは私も助力させてもらいますよ。その為にも、エーリカには詳しい話を聞かなきゃいけませんが」
「なんでも聞いてください、お嬢様」
「先ずはこれまでの貴女の雇い主の名前を教えてください。そして貴女に酷いことをした者の名前も。全部です」
私は植物紙を取り出しながらエーリカに促します。
「それって」
「エーリカに害を為したものは、私の敵です。敵は始末しないといけません。もちろん、良い雇い主についても記載を。代わりにお礼を言いますから」
「三年間、良い人なんて一人もいませんでした!書きます!」
そう言うとペンで名前を書き連ねていきました。予想以上に多い。
「これで全員です!」
植物紙を受け取りながら私はセレスティンに視線を向けます。
「セレスティン」
「御意。しかしながらしばらくお時間をいただければと」
「構いません。エーリカ、時間を貰いますよ?」
「お嬢様のお心のままに。その時は是非ともお手伝いさせてください!」
「手伝い?」
「セレスティン、エーリカはただの仕立て屋ではありませんよ?」
何せ、エーリカはお母様が才能を見抜いた一人。剣の扱いは九歳の時点では私より上手かった覚えがあります。
「この三年は剣を振れていませんからそれが心配です。ですがそれまでは奥様の教えを毎日行っていました!」
「それは心強い。貴女には被服関係を任せますが、いざとなれば戦闘人員として頼りにしますよ?」
「お任せください!」
元気の良い返事です。三年間で荒んでもおかしくなかったでしょうに、相変わらずの精神力。いや負けん気の強さですかね。
「それで、本題なのですが。何故マンダイン公爵家がうちの領地を支配したのですか?あまりにも唐突では?」
「私もそこまでは分かりません。ですが、帝室が関与したって噂を聞いたことがあります」
「帝室が……」
また厄介な存在が出てきましたね。ですが、あの日の真相に少しでも近付ければ。
「マンダイン公爵家から派遣された執政官の手際はすごく良かったと聞きましたよ。あらゆる財産を片っ端から奪っていったとか」
「手際が良すぎる。最初から狙っていた、あの事件が起きることを知っていた……?」
「分かりません。でもお嬢様、あの事件で得をしたのはマンダイン公爵家ですよ。今では帝国最大の貴族なんて言われてますからね」
アーキハクト伯爵家とその民の富を根こそぎ奪えばそうなるでしょうね。実に不愉快だ。
「ごめんなさい、お嬢様。私には詳しい話しは何も。お母さんなら少しは詳しかったかもしれませんけど……」
「構いません。むしろあの日から領地がどうなっている気になっていたんです。それを知れただけでも大満足ですよ」
「そうですか……あっ!ひとつだけあります!あのっ、一度だけマンダイン公爵家のご令嬢が視察に来たんです」
「もしかして、フェルーシア公爵令嬢ですか?」
「そうだと思います。お母さんの仕立てたドレスを見に来たとか言って。でもその時はロクな材料もなくてドレスも良いものが出来なかったんです。失望したみたいでしたけど、荒れ果てた町を見てこう呟いたんです。良い気味だって」
「なんですって?」
良い気味?落ちぶれたアーキハクト伯爵領を見て、良い気味?
「素敵な感性をお持ちですね。絶対に親しくなれる気がしませんよ」
「あははっ……心当たりはありませんか?お嬢様」
「マンダイン公爵令嬢は確か私の一歳年上でしたね。一度だけ晩餐会でお会いしたことがあります」
「どんな方でした?」
「敵です」
「あっ……」
察したような顔をしないでください、エーリカ。
マンダイン公爵はお父様を真っ向から批判していた大貴族。当然私からすれば敵です。そのご令嬢も絡んできたので撃退しました。
私に絡めば良いのに、よりによってレイミにちょっかいを出すんですからね。それはもうコテンパンに言い負かして差し上げましたよ。皮肉のオンパレードで、淑女らしく上品にね。
「何となくお嬢様との関係が見えました」
「わざわざ落ちぶれたアーキハクト伯爵領に顔を出して良い気味とは。余程暇なのでしょうね。羨ましい限りです」
マンダイン公爵家か。調べてみる必要がありますね。
でもその前に。
「さて、エーリカ。貴女をいつまでもそんな格好のまま居させるわけにはいきません」
ボロボロの服のままです。ちなみに胸は大きい。激しく主張するくらいには。
何ですか、私の周り巨乳ばっかりじゃないですか。ふぁっく。
「あははっ……材料を頂ければ自分で作りますよ」
「そうもいきません。幼い頃の約束を果たさせて貰います」
「えっ?」
「セレスティン」
「此方にございます」
流石はセレスティン、言わずとも分かるみたいですね。彼は一組の服を用意してくれました。
「これは……!」
エーリカも眼を見開きます。
「仕立ての腕前は承知しています。あの頃より更に上達しているのは想像に難くありません。ですが、あの日の誓いをもう一度。エーリカの気持ちが変わっていなければ、ですが」
「お嬢様っ!」
また泣いちゃった。
「その涙は肯定の証として受け取りますよ?エーリカ=ブリュン。貴女を私の『従士』として迎えます。宜しいですね?」
親しかったエーリカとは幼い頃に約束していました。成長して想いが変わらなければ私の従士として支えてほしいと。
『従士』とは貴族に任命権がある専属の従者のことです。通常の従者と異なり、一代限りではありますが騎士の称号を授けられるものです。
「……ごめんなさい、お嬢様。再会したばっかりで色々あって気持ちに整理が……」
「辞退するのなら無理強いはしませんよ?」
「受けます!受けさせて貰います!私の想いは変わっていませんから!」
「では、早速着替えてください。セレスティン、席を外しなさい」
「御意」
「え?え?」
急展開に混乱していますね。ですが、せっかく再会できたんです。考える暇なんか与えませんよ!貴女は私の大切なものになってもらいますからね!
私は混乱するエーリカに襲いかかりました!ちぃ!胸が大きい!
~キャットファイト中~
「もうお嫁に行けない……」
「行かせません」
半ば無理矢理着替えさせたら、流れました。ちなみに私が用意した下着はサイズが合いませんでした。何がとは言いませんが。ふぁっく。
「うん、似合ってるじゃないですか」
真っ白な襟つき長袖のシャツに焦げ茶色の長ズボン、長手袋、ブーツ。そして肘まで延びる真っ赤なケープマント。
「これは」
「そうですよ、『白光騎士団』の制服です」
お母様が個人的に選んで鍛え上げた女性だけの騎士団、白光騎士団。帝国に存在する名だたる強豪騎士団に遅れを取らない精鋭部隊。あの日お母様を守って散っていった忠臣達。彼女達の想いを、エーリカに。
「エーリカ、貴女には被服関連を任せるつもりですが、いざとなれば私の従士として一緒に戦って貰います。そして必要なら白光騎士団の再建も許可します。裁量も全部委ねます」
「幾らなんでも恐れ多いですよ!?」
「今すぐとは言いませんよ。今はゆっくりと身体を休めてください。そして従士として私を支えてくれれば良い」
そう、二度と親友を失わないために。そして彼女の想いに応えるために。私に出来ることはこれくらいですから。
急展開に慌てる親友を見ながらシャーリィは優しげに笑みを浮かべるのだった。
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