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旦那様と結婚式を挙げてディングリーの地で暮らすようになって、早一月。

ワイン造りは順調で、林檎を原料としたシードル以外に、葡萄を使った赤ワインの製造も始まった。


私の力を使えば、熟成期間を置くことなく出荷が可能だ。

長い冬を前にして財政が潤えば、それだけ備蓄を買い溜めることが出来る。


ワインを製造するにあたって容器を発注したり、容器にワインを詰める為の人手を手配したりと、決して少なくない金銭が動く。

領内で容器を発注したり、領民を雇うなどすれば、それだけ領地が潤い、領民達も冬支度が始められる。


「シャロンのおかげで、今年の冬は余裕が持てそうだ」


そんな旦那様の言葉が、何より嬉しかった。




旦那様を始めとした公爵邸の皆様は、とにかく私にたくさんの食べ物を与えようとした。

毎日の食事だけではない、ティータイムにはお菓子や高級な果物を用意してくれる。

こんな生活、王都では見るばかりで自分には縁の無いものだった。

それを言うと侍女や料理人の皆さんがさらに気合いを入れて色々と用意してくれるものだから、困ってしまう。


お料理はどれも皆美味しいのだけれど、ディングリー公爵領に来てからと言うもの、王都で着ていた服が着れなくなってしまった。

それだけ太ってしまったのだと思うと、なんとも恥ずかしい。


私の世話をしてくださる侍女の方は、そんな古い服は捨ててくださいと言う。

でも公爵邸で用意してくれる服はどれも煌びやかで高価なものばかりで、私には似つかわしくない。

もっと質素な服で良いと言ったら、公爵夫人がそのような服を着てはいけないと逆に窘められてしまった。


旦那様が与えてくださるドレスも、アクセサリーも、温かな食事も、皆さんの優しさも、全てが私には勿体なく感じてしまう。

ディングリー領で過ごす日々があまりに充実していて、王都での暮らしが遠い過去のように思えてしまう。


王太子殿下に婚約を破棄されて、さらに筆頭聖女の座を追われた時は、どうなることかと思ったけれど。

旦那様のおかげで、何不自由なく平穏に暮らしていける。

ただただ、それが有難かった。




「あー、シャロン」

「なんでしょう」


いつもの寝室。

夫婦で過ごす夜。

湯浴みを終えて寝室に入ったなら、旦那様がどこか緊張した様子でベッドに腰を下ろしていた。


「体調はどうだ?」

「どこも悪くありませんよ」

「ここに来た頃は、少し動いただけでふらふらと倒れそうだったが……」

「それは旦那様や皆さんが心配しすぎです」


旦那様も公爵邸で働く皆さんも、口を開けば「細すぎる」「もっと食べてください」と私の心配ばかりする。


「こう見えても、一度も病気をしたこともないんです。健康そのものなんですよ、私」

「そ、そうか……」


どうも、旦那様の様子がおかしい。

いつもはハキハキと言いたいことを言う人なのに、今日はやけに言葉を濁している気がする。


「おいで」


誘われるままに隣に腰を下ろすと、すぐに旦那様の腕に包まれた。

この一ヶ月、眠る時は毎日こうして旦那様の腕に抱かれている。

優しい温もりに包まれて嬉しいような、気恥ずかしいような、どこかくすぐったい心地だ。


初めて夜を共にした時は、朝目が覚めて旦那様の胸に抱かれていることに気が付いて、狼狽してしまった。

そんな風に誰かの温もりを感じられる日が来るなんて、夢にも思わなかった。


「大分慣れてきたか?」

「はい」


旦那様も、その頃のことを思い出したのだろうか。

甘く優しい声が耳をくすぐる。


旦那様の胸にもたれかかり、目を閉じる。

こんな風に甘えていて、良いのだろうか。

そんな想いは、常に燻っていた。


これまでの生活とあまりに違い過ぎて、戸惑ってしまう。

幸せが怖いなんて、知らなかった。


「シャロン」


なのに、この人は絶え間なく幸せを与えてくれる。


「すっかり、ふっくらとしてきたなぁ」


旦那様が優しく私の頬を撫でる。


「太ってしまって、恥ずかしい……」

「それは違うぞ。太ったんじゃない、健康的になったんだ」


まただ。

旦那様は、いつもこう言う。

以前の私は、そんなに不健康そうに見えたのだろうか。


「もう一ヶ月、か……」


そう。旦那様と過ごすようになって、一ヶ月。

まだ一ヶ月しか経っていないのに、全てのことがめまぐるしく変化した。

生活も、価値観も、何もかもが塗り替えられてしまった。


「今まで生きてきた中で、一番幸せな一ヶ月です」


私の言葉に、旦那様が抱きしめる腕に力を込めた。

これは、紛れもない本音。

幸せという言葉の意味を、この人が教えてくれた。


「俺、は……」

「旦那様?」


まただ。

また何かを言いかけて、口籠もってしまった。

不思議そうに旦那様の顔を見上げると、戸惑いながらも、真っ直ぐな瞳が返ってきた。


「俺は、シャロンと本当の意味で夫婦になりたい」

「本当の、意味……?」


今までの私達は、夫婦ではなかったのでしょうか。

旦那様の言葉を理解するにつれて、焦りがこみ上げてくる。


私は知らぬ間に何か粗相をしでかしていたのだろうか。

妻として失格と思われるようなことが、あったのだろうか。

旦那様に呆れられてしまっただろうか。


私は――また、捨てられるのか。


「シャロン、聞いてくれ」


取り乱しそうになる私の肩を、旦那様が掴む。

恐慌に陥りそうな心を、逞しい腕が現実に引き戻してくれる。


「旦那様……私は、どこが至らなかったのでしょう……?」

「違う、そうじゃない」


旦那様がゆるりと首を振ると、長い前髪がふわりと舞う。

次に視線が定まった時、彼は真っ直ぐに私の瞳を見つめていた。


「俺はこれからもシャロンと一緒に居たい。共に領地を治めていきたいし、子供だってほしい」

「子供……」


旦那様の言葉にとくんと胸が高鳴り、思わず私は頷いていた。


「だから……っ」


それ以上の言葉はなく、気付けば私の身体はベッドに沈み込んでいた。




結婚してから、一番長い夜でした。

廃棄聖女と酒カス王子

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