名状するまででもない様なドタバタの末、俺達は手と手を取り合い向き合っていた。当然メルヘンチックなものじゃない、説明のためだ。
「解呪ド素人のあんたの為に、今回は腐っても紫水晶の呪術師である俺が直々に伝授するぞ」
「腐ってなどおりません」
「それはあんたがオルタンシアを知らねぇから言えるんだ…はぁ、いや、褒め言葉として受け取っておく。続けるぞ」
解呪を含む一通りの呪術を行う上で最も重要なのは、魔力を通す経路。どの様な経路に、どの様な魔力を注ぐのかで術の効果は変わっていく。とは言え、解呪には緻密で繊細な道作りなどは必要ない。
「まず、被術者の体内に大量の魔力を残さないために解呪の際は大まかに魔力経路を作る」
基本的に魔力は吸収または排出されるだけで危害はないのだが、量が増えると話が変わる。そして、微量な魔力だけで執念の塊の様な呪い達を解呪できる筈がない。
「最悪の場合、体が多すぎる魔力に対応しきれずその部位まるごと弾け飛ぶからな」
「ひぇ」
だからあらかじめ経路を作っておき、魔力の逃げ道を用意してやるのだ。作り方は簡単。術式の上に手を当て、被術者の手を取る。たったこれだけで大まかながらも円形の経路が完成する。
「おし、こんなもんだな…って、大丈夫か」
フランチェスカを見ると、元々白い顔を殊更真っ青にしてかたかた小刻みに震えていた。おい、いつもの不安になる程の良い笑顔はどうした。
「…解呪に失敗した際のリスクについて、教えてもらっておりません」
なるほど、確かに。
「失敗すると術式に込められた術者の魔力が暴れ回って被術者の魔力と反発し合う。つまり、これもまた弾け飛ぶ。しかも暴れ回った後は、式が残っている限り術式の中に戻っていく。結果、怪我を負うだけ負って呪いの効力は消えねぇってことだ」
「ひぃ」
一層青白くなった顔面を見て、罪悪感がむくむく湧いてくる。ちょっと脅かし過ぎたな。
なんとなく手が伸びて、わしわしと俯いた彼女の頭を掻き撫でた。思った以上にさらさらだった髪質と、予想だにしていなかった自分自身の行動にぎょっとして手を離す。いや、違う違う。何が違うのかよく分からないが、とにかく違う。わざとらしくも咳払いを一つして、無理矢理仕切り直すことにする。
「術者と同じ魔力の俺なら何も問題ねぇよ。俺がきちんとナビゲートするから、安心しろ」
「…はい」
俺の右手を握る手に微かに力が籠もる。その緊張と不安が俺にまで流れ込んで来るようだ。巻き込んだことに再び罪悪感が湧いてくるが、見なかった振りをしてぱっと体を離した。
「とは言え今日はもう遅い。ひとまず帰れ」
「そんな…私、出来ます!」
ずいと身を乗り出し食い気味に答えられた。勢いが怖い。やる気満々だからこそ不安だ。
「焦ったって良いことなんかねぇんだよ」
そんな事言ってる俺自身も、内心では解呪が滞っている現状にそれはもうめちゃくちゃに焦っている。偉そうにどうこう言える立場等では全くない。…が、今回に関しては安全に帰って貰わねば俺の首がない。
「そう言えば、あんたいつも護衛とかはどうしてるんだ?」
話を逸らすついでに薄々気になっていたことをずばっと聞いてみる。答えを濁すかと思っていたフランチェスカは、意外にもぱちぱち瞳を瞬かせた後にあっさり答えた。
「護衛はございません」
案の定だった。
「いや、危険だろ。魔物も、人も、危ない奴なんざうじゃうじゃいるぞ」
「大丈夫ですよ。蔦が護ってくれるので」
「魔法相手におんぶに抱っこじゃ危ないぜ」
「それはそうですが…」
いけない、このままでは十中八九間接的ながらも俺のせいで王子様がトラブルに巻き込まれる。その場合、俺はどういった罪に問われるのだろう。
「…えぇい、少し待ってろ!」
がらがらと引き出しを引っこ抜き、雑に机の上に放り出す。その中から一つの木彫りの指輪を取り出し、小皿に移して他の材料を手に取りつつ作業台へと向かう。
「これは…」
「特別に見学させてやる。じっとしてろよ」
共鳴草の根、結界石の粉、あと月下樹の種を少し。小鉢で軽く掻き混ぜてから銀のナイフを手に取り、素早く左の人差し指の腹に押し当てすぱっと切り裂いた。溢れ出る真っ赤な液体がぽたぽたと小鉢の中へ落ちていく。今回は五滴くらいでいいだろう。
「なっ、何してるんですか!?」
「魔力を込めてるんだよ。血が一番早い」
どうやらフランチェスカは魔力を持って咲く満月草を使う方法しか知らないらしい。まぁ、そっちの方が正統だし真っ当な反応と言える。しかし、満月草は必要な手順が多くて面倒なのだ。何事も早い方がいいだろう。
普段あまり作らない魔導器なので一応補助用の魔法陣を描いた紙の上に指輪を置き、周りに先程作った薬を円形に撒く。紙に指を置いて、魔術回路をイメージしながら対象に刻み込んでいく。
「…これが、本物の呪術」
ぼそりとフランチェスカが呟いたと同時に術が完成した。うん、我ながらなかなかの出来前だ。あとは細い皮の紐を指輪に通して…。
「ほい、これからはこれを持って移動しろ。厄除けと結界魔法が籠もってるから」
そう言って無理矢理フランチェスカの手に握り込ませると、彼女はぽかんとした顔でしばし動かなくなった。そう多くない経験上、これは放っておいても大丈夫な沈黙だな。仕方なく三秒程待ってやると突然はっとした表情に変わり、深刻そうな顔で指輪をぎゅっと握り込んだ。
「婚約指輪ということで…?」
「違う」
結局、感激で打ち震える彼女を家の外に押し出して扉を閉めるのにはそこそこな時間がかかってしまった。暗くなり過ぎない内に帰れと言った筈なのに…思わずため息が漏れる。
「あいつ、俺の身の上話とかもう忘れてるんじゃねぇか…?」
まさか無いだろうとは思いつつ、心の底で少しでもあり得ると思えてしまうことにどっと疲れる今日この頃だった。
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