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🌸第16話 陽の沈黙(帰り道)
夕方のキャンパスは、オレンジ色の光に包まれていた。
建物の影が長く伸び、風が少し冷たくなる時間帯。
ひよりはバッグを肩にかけながら、ゆっくりと歩いていた。
(……今日、なんだったんだろう)
休みの胸のざわつきは、
陽が来た瞬間に消えたはずなのに、
今になってまた、胸の奥がじんわりと疼いていた。
「ひよりー!」
振り返ると、陽が小走りで追いかけてくる。
息を少し弾ませながら、ひよりの隣に並んだ。
「帰るの? 一緒に行こ」
「うん……」
いつもと同じ声。
いつもと同じ距離。
でも、ひよりの胸の奥は、
なぜか落ち着かないままだった。
二人で並んで歩きながら、
陽がふと空を見上げる。
「今日さ、昼休み……なんかあった?」
ひよりの足が、ほんの少しだけ止まりかけた。
「え……なんで?」
「いや、なんか……顔がちょっと暗かったから」
胸がきゅっと縮む。
でも、言葉が出ない。
「別に……なんでもないよ」
そう言った瞬間、
陽が一瞬だけ、ひよりの横顔をじっと見た。
その視線が、
ひよりの胸の奥に触れたみたいに熱くて、
思わず目をそらす。
「……そっか」
陽はそれ以上聞かなかった。
ただ、歩幅をひよりに合わせて歩く。
沈黙が落ちる。
でも、嫌な沈黙じゃない。
むしろ、胸の奥がざわざわして、
落ち着かないのに、
どこか安心している自分がいた。
(陽くん……)
言いたいことはあるのに、
言葉にならない。
そんなとき、
陽がふっと笑った。
「ひよりってさ、なんか……分かりやすいよな」
「えっ……どこが?」
「んー……全部」
ひよりの心臓が跳ねた。
(全部……?)
陽は続ける。
「嬉しいときも、困ってるときも、
なんか胸のあたりに出るっていうか……」
「む、胸……?」
「うん。なんか、ぎゅってしてる感じの顔になる」
ひよりは思わず胸元を押さえた。
陽は笑っているけど、
その目はどこか真剣だった。
「だからさ……無理して隠さなくていいよ」
ひよりの足が止まった。
陽も立ち止まって、
ひよりの方を向く。
夕日の光が、
陽の横顔をやわらかく照らしていた。
「ひよりが困ってるなら、言ってほしい。
俺、聞くから」
胸の奥が、
また痛んだ。
でも今度は、
昼休みの“あの痛み”とは違う。
(……陽くん)
言いたい。
でも言えない。
ひよりは小さく息を吸って、
かすかに首を振った。
「……ありがとう」
それだけ言うのが精一杯だった。
陽はそれ以上何も言わず、
ただ隣に立ってくれた。
二人の影が、
夕日の中でゆっくりと重なっていく。