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ゆうき あきや
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厚揚げ衣
20
なんたろ
1
いちご@ホロオタ×ぴちりす
295
第53話:駆け込み寺、本日のお客様〜清楚系天使の裏の顔は、胃に穴の空いた限界社畜〜
「……うぇぇ、気持ち悪い……。スパチャの投げすぎで画面酔いする日が来るとは……」
五月上旬の昼下がり。
帯広市のボロアパートの四畳半で、俺は万年床の上に死体のように転がっていた。
昨夜の『借金返済(未定)RTA』配信。
リスナーたちの悪魔のような「寸止め・手数料計算忘れ」のコンボにより、当初数時間で終わるはずだった配信は、朝方まで延々と続く地獄の耐久枠と化した。
結果的に、俺の口座には3D化費用をカバーできるだけの数字(売上)が叩き出されたわけだが、代償として俺の精神と肉体は完全に限界を迎えていた。
「とりあえず……金はなんとかなった。あとはスタプロに連絡して……」
気力を振り絞って三十一万八千五百円のゲーミングPCの前に座り、重い瞼をこすりながらメールソフトを開く。
すると、受信トレイの一番上に、見慣れない宛先からのダイレクトメッセージが届いていた。
『件名:【ご相談】スタプロ所属・白百合カノンと申します。ルシフェル様、お助けください』
「ん? 白百合……カノン?」
俺は首を傾げ、その名前を検索エンジンに打ち込んだ。
画面に表示されたのは、真っ白なドレスに身を包み、背中に小さな羽を生やした、金髪碧眼の超絶美少女アバター。
株式会社スターダスト・プロダクション(通称スタプロ)の、新規立ち上げ部門に所属する新人VTuberだ。
デビューからまだ半年ほどだが、その清楚で可憐な声と、「皆様に癒やしをお届けする大天使です」という徹底したロールプレイで、着実にファンを増やしているらしい。
「あのアリスの後輩ってことか。でも、なんでそんなキラキラした天使様が、俺みたいな四十歳の底辺おっさんに『お助けください』なんてDMを送ってくるんだ?」
俺は訝しげに思いながら、メールの本文を開いた。
そこには、美しいアバターからは想像もつかないような、悲痛な文字が並んでいた。
『突然のご連絡、大変申し訳ありません。星乃宮先輩から、ルシフェル様は「アイドルの駆け込み寺」だと伺いました』
『実は今、コラボのお願いという名目で……どうしても和尚様(ルシフェル様)に聞いていただきたい悩みがあります』
『もう、胃薬を飲んでも痛みが治まりません。毎日数字を見るのが怖くて、夜も眠れません。助けてください』
「…………」
俺は、思わず息を呑んだ。
これは、ただのコラボ依頼じゃない。
かつての俺がコールセンターでクレーム処理に追われ、胃に穴を開けていた時と全く同じ、完全に『SOS』のサインだ。
「おいおい……スタプロの新人、完全にメンタルやられてんじゃねえか」
VTuberという華やかな世界の裏側。
そこは、想像を絶する『数字』との戦いだ。
同接(同時接続者数)、チャンネル登録者数、そしてスパチャの額。
企業勢であればなおさら、運営からの期待とノルマ、そして先輩たちとの比較という重圧が、常にのしかかってくる。
俺は迷わず、メールに記載されていたDiscord(通話アプリ)のIDを登録し、彼女にメッセージを送った。
『ルシフェルだ。いつでもいい、通話できるか?』
数秒後。
画面に『着信』のポップアップが表示された。
「もしもし、ルシフェルです」
俺が声をかけると、スピーカーの向こうから、配信で聞くような「ふんわりとした天使の声」ではなく、ガチガチに緊張し、今にも泣き出しそうな震える声が聞こえてきた。
『あ、あのっ……! は、初めまして! 白百合カノンと申します! お忙しいところ、本当に申し訳ありません……っ!』
「落ち着け。大丈夫だ、ここは俺の四畳半の部屋しか繋がってない。誰にも聞かれてねえから」
俺がそう言ってなだめると、彼女は「ふっ……」と、張り詰めていた糸が切れたような小さな息を吐いた。
『ありがとうございます……っ。私、もう……限界で』
そこから、白百合カノン――いや、中に入っている『彼女』の、痛切な独白が始まった。
デビュー前は、「歌を歌って、みんなを笑顔にしたい」という純粋な夢があったこと。
しかし、いざデビューしてみると、事務所の方針で「絶対に清楚な大天使でいること」を強要され、少しでも素を出せば運営から厳しいお叱りを受けること。
そして何より。
『同期のメンバーがどんどん登録者を伸ばしていく中で、私だけが取り残されて……。毎回の配信で「今日は何人来てくれるだろう」「スパチャはいくら飛ぶだろう」って、そればかり気になって……』
彼女の声が、嗚咽に変わっていく。
『リスナーさんの温かいコメントも、全部「もっと頑張れ」っていうプレッシャーに聞こえてしまって。最近は、配信の開始ボタンを押す手が、震えるんです……っ』
「…………」
俺は、黙って彼女の話を聞いていた。
痛いほど、よくわかる。
数字の奴隷になる恐怖。
俺だって、確定申告で税金の額を見た時、そして3D化費用を知った時、「また稼がなきゃならない」という強迫観念に押し潰されそうになった。
それが、まだ二十代そこそこの、企業という看板を背負った若い女の子なら、なおさらだろう。
「……カノンちゃん、さ」
俺は、努めて低い、落ち着いた声で口を開いた。
「お前、今、自分のこと『VTuber』じゃなくて『営業マン』だと思ってるだろ」
『え……?』
「同接は来店者数、スパチャは売上、コメントは顧客アンケート。毎日毎日エクセルと睨めっこして、どうやったらノルマを達成できるか、そればっかり考えてる。違うか?」
電話の向こうで、彼女が息を呑む気配がした。
『ど、どうして……。その通り、です。私、いつの間にか、リスナーさんを「数字」としてしか見られなくなっていて……。そんな自分が、すごく嫌で……っ』
「当たり前だ。企業に属して、金をもらってやってる以上、それは仕事だ。数字を追うのは当然のことなんだよ」
俺は、自分のデスクの上に転がっている、税務署からの『予定納税』の納付書を指で弾いた。
「だがな。その『清楚な大天使』っていう着ぐるみ(ガワ)が、お前自身の首を絞めてるなら、話は別だ」
『え……?』
「いいか。リスナーってのはな、意外と鋭いんだよ。画面の向こうのVTuberが、心から楽しんで笑ってるのか、それとも胃を痛めながら愛想笑いしてるのかなんて、声のトーン一つでバレちまう」
俺は、かつてブラック企業で心身を壊し、生活保護にまで落ちぶれた自分の過去を思い出した。
「無理して被った仮面は、いつか必ず割れる。割れた時、お前の心は完全に壊れちまうぞ。俺みたいにな」
『ルシフェル、様……』
「……お前、このままじゃ本当に潰れるぞ。どうだ、一つ賭けに出てみないか?」
俺の言葉に、白百合カノンは戸惑うような声を上げた。
『賭け、ですか……?』
「ああ。近いうちに、俺のチャンネルでコラボ配信をやろう。名目は『ルシフェル和尚の人生相談室・ゲスト白百合カノン』だ」
俺は、ニヤリと口角を上げた。
「そこで、お前のその『胃に穴が空きそうな限界社畜の裏の顔』を、俺のリスナーの前で全部ぶちまけてみろ」
『ええっ!? そ、そんなことしたら、運営に怒られます! 大天使の設定が……!』
「運営がなんだ! お前の命と心の方が大事だろうが! それに、俺のチャンネルに棲みついてる連中(保護者)はな、キラキラしただけのアイドルより、泥臭く足掻いてる人間の方が大好物なんだよ」
『でも……』
「安心しろ。炎上しそうになったら、俺が全部『このおっさんが無理やり言わせました』って泥を被ってやる。お前はただ、俺の胸を借りて、日頃の鬱憤と数字への恐怖を、泣きながら叫べばいい」
俺の強引すぎる提案。
VTuberのタブーである「中の人のリアルな苦悩」を暴露するという、まさに底辺ならではの劇薬。
電話の向こうで、長い沈黙が続いた。
そして。
『……やります』
震える、けれど確かな意志を持った声が、俺の耳に届いた。
『私、もう……嘘をついて笑うのは、疲れました。ルシフェル様の配信で、全部、吐き出させてください……!』
「よし、言ったな。じゃあ、明日の夜九時だ。覚悟して来いよ、限界大天使!」
通話を切った後、俺は大きく伸びをした。
自分の3D化費用(税金地獄)の次は、後輩VTuberのメンタルケア。
ミリオンVTuberになったからといって、休む暇など全くない。
「へへっ……。面白くなってきやがった。スタプロの運営さんよ、俺がそっちの可愛い天使様を、立派な『社畜VTuber』に改造してやるからな」
四十歳の底辺おっさんと、限界を迎えた清楚系大天使。
絶対に交わるはずのなかった二人のコラボ配信は、この後、VTuber界隈に特大の嵐(バズり)を巻き起こすことになるのだった。
コメント
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わああ第53話読み終えたよ〜!!😭💕 ルシフェルさん、自分も限界なのにカノンちゃんのSOSを即キャッチして「駆け込み寺」になってるの、もう漢すぎるでしょ…!「運営がなんだ!お前の命と心の方が大事だろうが!」って台詞にグッときた😭✨ 清楚な天使の裏で胃薬片手に数字に怯えてるカノンちゃんの描写がリアルすぎて、胸がぎゅーってなったよ…。でも「全部吐き出させてください」って決意した瞬間、めっちゃ応援したくなった!このコラボ、絶対バズるやつだ〜!!🔥🔥 次の話、早く読みたいです!!