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ごきげんよう、シャーリィ=アーキハクトです。私達はガウェイン辺境伯との密会を行っていますが、そこで知らされた真実に唖然としていました。お母様は興味がなさそうにしていますが、ベルも呆れていますね。
「閣下、私の耳に異常が出たのでしょうか?この書状が本物で、しかも首謀者が公言していると?」
「残念だが事実なのだ。信じ難い話であるとは思うのだがね」
「理解が及びませんね。その様なことをすれば、それこそ大問題となります。ワイアット公爵家を追い落とす大義名分になるではありませんか」
「普通ならばそう考えるのが道理だろう。しかし、ここ帝国南部ではこの様な行いがまかり通るのだ」
南部では問題にならない?
公爵家の御曹司が同じ派閥でありしかも有力者である辺境伯家に手を出している。しかもそれを公言している。明らかに異常な振る舞いですが。
「理由があるのですね?」
「ああ。知っての通り、ここ南部一帯は帝国有数の穀倉地帯であり、帝国の食料生産の大部分を担っていると言える。更にワイアット公爵家の所領には多数の鉱山があり、これらの鉱物資源と豊かな食料生産を背景として発展してきた。帝国が統一されるまでは、この豊かな土地を巡って数多の戦乱が引き起こされた」
ガウェイン辺境伯の話を聞く限り、この戦乱、つまり南部の資源を求める外敵に対して南部諸侯は一致団結して対処し、外敵を撃退していたとか。
長い協調関係はいつしか南部諸侯の一体化を促し、帝国統一後は最大勢力であったワイアット家が公爵として南部を取りまとめることになったと。これまでの歴史的経緯から南部閥は他とは異なり強い団結力を持つ派閥として君臨することになりましたが。
「団結を乱すことを極端に嫌うようになったのだ」
「それが南部閥の日和見主義の始まりですか」
「そうだ。派閥内部はもちろん、調和を乱すことをなによりも嫌う気質があるのだ」
「しかし、それだと御曹司の行動こそ和を乱しているのでは?」
辺境伯に手を出している現状こそ、まさに和を乱す行為であるのは明白ですが。
「御曹司曰く、和を乱しているのは私らしい。最大の穀倉地帯であるこの町を領し、近代化を推し進めて帝国の伝統を蔑ろにしているとな」
「進歩を拒めば破滅するだけです。それを理解しない旧態依然とした貴族ばかりですが、南部閥も変わらないと」
「まあ、そう言うことだ。そして相手はワイアット公爵家の御曹司。私に味方するよりそちらの方が和を乱すことになら無いと判断したようだ。つまり、御曹司の行動を周りの貴族達は傍観しているのだ」
「度し難いにも程がありますね。それで、打開策は?」
「少なくとも私は身動きが取れん。表立って抗議しても全て無視されて終わりだ」
「閣下程の方でも、ですか?」
「残念だが、私はどちらかと言えば疎まれている立場だ。日和見主義を是とする門閥貴族達にとって、何かと積極的な私は非常に目障りな存在なのだよ。
そして帝位継承を巡って、殿下達が内戦を始めてしまった。第三皇子殿下の養育係であった私は、いよいよ目障りな存在なのだろう」
「待ってください。では南部閥はこの内戦も日和見を決め込むつもりなのですか?」
「主戦場は帝都周辺と北部との境だ。南部閥の領地には一切影響がないこともあり、静観することが決まった」
「理解に苦しみますね。内戦となれば、最大級の国難といえます。その情勢下で日和見が許されると判断しているのでしょうか?」
普通ならば、下手をすれば両陣営から敵視されて袋叩きにあうものですが、南部閥にそのような兆候は今のところありませんね。
「この町を含め、南部閥の領域は最大の穀倉地帯だ。両陣営に安値で食料を売り払うことで、双方からの干渉を防ごうとしているのだ」
辺境伯の表情が暗くなりました。はて?
「良い顔をするために安値で食料を売り捌いているのよ。しかも大量にね。じゃあ、その皺寄せを食らうのは誰かしら?」
お母様の言葉で納得できました。いくらシェルドハーフェンに近いとは言え、ガウェイン辺境伯のお膝者にしては治安が悪すぎるような気がしましたが……。
「戦では大量の食料が浪費される。如何に帝国最大の穀倉地帯と言えど、無限に食料を生産しているわけではない。商機と見て商人達が買い占めに動いている。ある程度は規制しているが、限度がある。結果、穀物価格が高騰し民が飢えているのだ」
穀倉地帯の民が飢えるとは。
「それはルースだけのお話ではありませんよね?」
「南部閥領内全域。いや、既に他の地域にも影響が出ているだろうな。何とか我が領内の民だけはと苦心しているが、ままならん」
ふむ、ワイアット公爵家の保身による失策で民は飢えている。更に改善のため尽力しているガウェイン辺境伯へのワイアット公爵家御曹司による妨害、そしてそれを見て見ぬふりをする門閥貴族達。
おやおや。
「さながら火薬庫ですね」
あちこちに火種が燻っています。日和見主義的な対応を聞いてどうしたものかと思いましたが、これは考えていた以上に派手な火の手をあげることが出来ますね。
「閣下、我が黄昏にはそれなりの余剰品があります」
「だが、黄昏の作物は高級品だ。とても手は出せない」
「ご安心を、標準的な品質の作物も山のようにありますから」
フェルーシアは今ごろ悔しがっているかもしれませんが、この六年で黄昏の作物は貴族社会にとって必需品となっています。贈り物、パーティーの材料として重宝され、一種のステータスとも言えるくらいには貴族社会に広まっています。
さて、貴族と言うのはメンツを何よりも大切にします。舐められたら終わりの世界ですから、どんなに苦しくても見栄を張るために無茶をします。
貴族の中には代金を用意できず、自領で生産された農作物と現物交換を望むような人も居たりします。もちろん応じていますよ。黄昏では一切需要はありませんが、基本的に食料は何処でも売れますからね。
マーサさんが食料需要の高い場所へ売り込んでボロ儲けをしています。この農作物を格安でガウェイン辺境伯へ売り付けてあげればいい。
「何を考えている?」
「閣下、大半の貴族にとって民は虐げるだけの存在です。では、民は弱いのか?いいえ、そんなことはありません。ただ我慢しているだけです。そして、その我慢が限界を迎えたその時……」
貴族達は民の怒りを、その身で思い知るでしょうね。対価は命ですが。