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「でもね、うちの組は基本堅気の人間に迷惑をかけるような事はしないし、無闇に人を傷付けない、至極真っ当な組織なんだよ」
「そ、そうなんですか?」
そう説明を受けるも、そもそもヤクザというものがどんな組織なのかイマイチ良く分からない詩歌は何が普通なのか分からずに戸惑っている。
(郁斗さんは、あまり関わり合いにならない方がいい人……だったんだ)
しかし、それはもう手遅れというもので、知らなかったとはいえ郁斗の元で世話になると決めてしまった以上、今更やっぱり帰ります、などと言っても止められるだろうし、それではヤクザだと知ったから離れると分かってしまう。
(……真っ当な組織だって言ってるし、郁斗さんも優しい人だから、このままここに居ても、大丈夫だよね……?)
不安は残るものの、ここを出たところで行き場が無い以上どうしようもない詩歌は不安がるより彼の人となりや彼の仕事の事をもっと理解しようと前向きに考える。
「あの、それじゃあ見回りをしているお店というのは……?」
「ああ、キャバクラとホストクラブの事だよ」
「郁斗さんも、お客様のお相手をしたりするんですか?」
「いや、俺はあくまでも店の状況を見て回るだけだよ」
「そうですか……」
話を聞いた詩歌は突然、何かを考え込んで黙ってしまい、
「詩歌ちゃん、どうかした?」
そんな彼女を不思議に思った郁斗が声を掛けると、
「あの、そのキャバクラ店で、私を雇ってもらう事って出来ますか?」
予想もしていない質問が返ってきた事で郁斗は驚き、一瞬反応する事を忘れてしまった。
「……え? 詩歌ちゃん、キャバクラだよ? そりゃ風俗と違って比較的安全ではあるけど……正直キミには向いてないと思うよ?」
「でも、やってみないと分かりません! 私、一生懸命やりますから、どうかお願いします。自分でお金を稼ぎたいんです。いくら郁斗さんがここに居て良いと言って下さっても、ずっとお世話になる訳にはいきませんから」
確かに、詩歌の言う事は最もだ。家族でも恋人でも無い二人がいつまでも一緒に住む訳にはいかないのだから。
詩歌の覚悟を聞いた郁斗は、『PURE PLACE』で太陽が言っていた人手不足の事を思い出す。
(そう言えば太陽の奴、リミの代わりを探してるって言ってたよな。彼女ならリミに負けず劣らずの美人だから戦力になりそうだけど……でもなぁ……)
詩歌の容姿は、店で働くのに何ら問題は無い。ただ不安があるとすれば、酒を飲み客の相手をする事だ。
詩歌は明らかに男慣れしていない事は一目瞭然なので、きちんと相手が出来るかという事や、タチの悪い客に絡まれた時に対処出来るか、郁斗はそれが気掛かりだった。
(まあ、あそこなら俺も合間に様子見れるし、太陽に任せておけば、問題はねぇかな)
本人のやる気がある以上、何を言っても納得しないであろうと考えた郁斗は、
「……分かった。それじゃあ店長に話をつけてあげるから、暫く働いてみるといいよ」
少しの間、詩歌を『PURE PLACE』で働かせてみる事に決めた。
「ありがとうございます!」
働き口が見つかって嬉しいのか、無邪気に喜ぶ詩歌。
(……分かってんのかねぇ? キャバクラがどんなところか……)
しかし、あまりに危機感の欠片が無い詩歌を前にした郁斗の心は、まるで|靄《もや》がかかったようにどこか釈然としない。
「っていうか、詩歌ちゃんはまだお酒は飲めない歳だよね?」
「あ、はい。けど、少しくらいなら大丈夫かなと」
「いや、駄目でしょ。うちの店、そういうの結構厳しいからきちんと年齢伝えて、強要されてもノンアルとかで対応しなきゃいけないよ?」
「そ、そうなんですね。分かりました」
『PURE PLACE』に限らず、キャバクラでは年齢を偽る事自体、店側が罪に問われるリスクがあるので、その辺はしっかり伝えておこうと念を押す。
ただ、本人が飲まないようにしていても、客が無理矢理強要したり、すり替えられて飲まされたりという事が必ずしも起こらない訳じゃない。
警戒心の薄い彼女相手ならやれない事もないだろうから、郁斗はそこを心配しているのだ。
「それじゃあ、早速明日紹介するからね」
「はい、よろしくお願いします!」
色々と問題はあったものの、詩歌の新たな生活は良い感じで幕を開けて本人もひと安心。
そうと決まれば明日の為に早く床につきたいところだけど、昼間から夜まで眠ってしまった詩歌は全く眠く無い。