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帝都郊外にある極秘研究所。かつての仲間でありアーキハクト伯爵家の衛兵長を務めていたエドワードの裏切りと、自身だっけ?の置かれている状況を正しく理解したヴィーラ=アーキハクトは十年間胸に秘めていた想いを実行すべく足早に自室へ戻った。
車椅子に座ったまま部屋に置かれているモップを持ち。
「ふんっ!」
残念ながら義足は間に合わなかったのでモップの柄をちょうど良い長さでへし折り、失われた右足に布できつく縛り付けて臨時の義足とした。
ゆっくりと立ち上がり具合を確認。満足のいく出来とはとても言えなかったが、及第点として妥協する。
次に板を長い時間掛けて削り加工した手製の木剣を手に取る。現役次第に愛用していた剣に出来るだけ似せており、何度か素振りをして具合を確かめる。
カーテンを加工した黒いローブを身に纏い、密かに集めていた食器のナイフ数本を隠して諸々の準備を整えたヴィーラは日誌を懐へ納めて部屋を後にした。
目的は施設からの脱出、そして万全の準備を整えてから復讐を果たすために。
自身の存在を知ったヴィーラがどんな行動を起こすか。長年一緒に居たエドワードは良く理解しており、ハースペクターに警告していた。
だがハースペクターの方は手負いの剣姫がどんな行動を起こし、どんな事をやってのけるのかと言う知的好奇心に従い敢えて警戒を手薄にしていた。
それが後々どんな結果を引き起こすか理解していたが、自身の身より知的好奇心を満たすことを優先するような人物でなければ、狂人とは呼ばれない。
斯くしてヴィーラの脱走が発覚したのは一時間後であり。
「ヴィーラが逃げ出しただと!?あれだけ厳重に警備するように伝えていたのに、なんと言う体たらくだ!直ぐに探し出せ!まだそこまで遠くへは行けていない筈だ!」
当然ながらエドワードが激昂するが、ハースペクターはコーヒーを飲みながらのんびりと構えていた。
「追跡部隊を派遣しておりますから問題はないでしょう。狩りを楽しむようなものですし、焦らずに結果を待とうではありませんか」
「バカ野郎!お前はあいつを、ヴィーラを全く理解していない!自由を得たあいつが何をするか誰も予測できないんだぞ!」
エドワードの懸念は直ぐに現実のものとなった。研究所は深い森の中に存在している。帝都近郊だけあって魔物は粗方討伐され、豊かな自然が残るだけで特に目ぼしいものは無く主要な街道からも離れていた。
ハースペクターはヴィーラ追跡に虎の子である人間兵器ドール部隊を使わず、金で雇った傭兵を投入していた。ろくに整備されていない森を、隻眼隻腕隻脚の女性が一人で逃れることなどできないと考えたためである。もちろん想定外の事態に備えて使い潰せる傭兵が選ばれたと言うのもあったが。
派遣された傭兵七名は意気揚々と森を突き進む。彼らは森林戦に長けており、森には真新しい痕跡がいくつも残されていた。楽な仕事である。
相手の確保が依頼であるが、状態までは問われていない。欠損があるとは言え相当な美人である。捕まえて連れ帰る前に少し楽しむ時間はある。
誰もがそう考えていたが、それが誤りだと言うことを直ぐに思い知らされることになる。
「うぎゃあっ!?」
「なっ!?」
「敵だ!散れ!」
突如として飛来したナイフが一人の右目を貫いたのである。彼らもプロだ。直ぐに散開して周囲の木々に身を隠して周囲を観察する。
右目を失った傭兵は痛みに堪えながら何とか立ち上がり。
「ぐぶっ!?」
身を隠す暇もなく新たに飛来したナイフによって喉を潰され絶命する。
「あのアマ、何処から!?」
「声を出すな!」
「がばっ!?」
叫んだ一人の頭上から何かが飛び降り、そのまま木剣で頭を叩き潰し、素早く身を隠す。
「ばっ、ばかな!こんなことがあるか!?何故あんな身体でこんなにも素早く動けるんだ!?あり得ない!」
ヴィーラは森の木々を利用して縦横無尽に動き回り、追跡してきたエドワードの私兵達を片っ端から返り討ちにしていた。
義足はあくまでも身体を支えるために使い、左足の脚力だけで森の中を駆け抜け、素早く近付いて右手に持った木剣で追跡者達の頭を叩き割っていく。
ナイフを使うこともあるが牽制の意味合いが強く、森での戦いに長けている傭兵達を各個に撃破。
「ばっ、化け物めぇええっ!!」
最後の一人がようやくヴィーラを視認、短剣を握り締めて刺突を繰り出すが、直後に投擲されたナイフが腕に刺さり短剣を取り落とす。そして素早く近付いたヴィーラが木剣を無慈悲に振り下ろし、顔面を叩き潰した。
不馴れな土地であるにも関わらず手練れの傭兵を7人始末し、現役時代を彷彿とさせる大立ち回りをやって見せたのだが。
「はぁ……大分鈍っているわね。勘を取り戻すのは難しいわ」
とは言え本人としては不満だらけの結果である。片手で振るう剣は精彩に欠け、片足であるため俊敏に動けず隻眼のため視界も半分。にも関わらず追跡者七名を返り討ちにしたヴィーラが規格外なだけであるが、本人に自覚はない。
周囲を見渡して他に追跡者が居ないことを確認したヴィーラは、使いすぎて最早ボロボロになってしまった木剣を投げ捨てる。傭兵達が持っていた剣を奪い、何度か振って感触を確かめる。
森林戦に備えて短剣ばかりであり、乱造品の類いらしく質が良いとは到底言えない。しかし無いよりはマシだろうと回収、その場を足早に離れた。
木々を飛び移りながら遠くに見える都市を木の上から眺める。
「翡翠城……帝都ね。好都合だわ」
自身の目的地が直ぐ近くに有ったことを感謝しつつ、木から飛び降りて街道へと降り立つ。フードを深く被り、ローブで身体を隠して彼女は帝都へ向けて歩み始めた。
ここにエドワードの不注意とハースペクターの知的好奇心により、剣姫と詠われた剣豪が十年の時を経て野に解き放たれた。
復讐に燃える彼女の娘達が健在で、しかも今まさに帝都に居ることなどエドワード達は知るよしもない。
またひとつ、時代の歯車が動き始める。