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線上のウルフィエナ

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線上のウルフィエナ

25 - 第二十五章 傭兵らしく、僕らしく

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32

2024年01月27日

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その木脚ソファは二人掛けだ。灰色の布地が落ち着いた雰囲気をリビングにもたらすばかりか、座る者に極上の心地よさを提供する。

 臀部と背中を受け止める柔軟さは高級品だからこその贅沢であり、この家が貴族であるからこそ、享受することが出来ている。

 エヴィ家。イダンリネア王国の国営に関わる名門の一柱だ。国内の物流を管理運営しており、最高責任者はこの家の家長、ハーロン・エヴィが該当する。

 家族構成は妻と子供の三人。他に従者を二人雇っており、四年前までは五人でこの豪邸に暮らしていた。

 しかし、長男が家を飛び出し、傭兵となったことで一時的に人数が減ってしまうも、今では六人にまで増えている。


「パオラ様、嬉しそうです」

「ん、そうなの?」


 二つの声が室内を巡る。

 憩いの場でもあるこのリビングでは、三人が腰を落ち着かせている最中だ。

 白と黒を基調としたメイド服姿のシエスタ。黒髪を肩にかけながら、大人びた瞳を細めてテーブル越しに二人を見つめる。

 ソファに深々と座っている少年はこの家の長男だ。

 ウイル・エヴィ。武具をまとっていなければ、育ちの良い子供にしか見えないが、日々、魔物との殺し合いに興じている傭兵だ。


「うん。おにいちゃん、きょうもおうちにいるの?」


 三人目はこの少女だ。二人掛けのソファにウイルと共に座っているのだが、位置は隣ではない。足を開かせ、股の間に深々と陣取っている。

 パオラ・エヴィ。今日の髪型はポニーテール。瑠璃色の長い髪は子供らしく輝いており、顔を揺らせばその尻尾が少年の胸付近をさわさわと撫でる。

 長袖かつダボっとしたワンピースを着せられている理由は、体の細さを誤魔化すため。この家に引き取られて随分経つが、その見た目はミイラのように痩せこけたままだ。


「今日もちょっとだけ外出するかな……。あ、でも、昨日みたいにすぐ戻ると思う」


 二人分の視線を受けながら、ウイルは言葉を選ぶように返答する。

 朝食を食べ終え、ウイルとパオラはくつろぎ、シエスタも小休止の最中だ。つまりは和やかな時間を紅茶で満喫しているのだが、九歳の少女だけがどこかソワソワしている。

 当然だろう。ウイルはエヴィ家の名を取り戻して以降も慌ただしく、そして傭兵らしく外出続きだ。この家や両親が嫌いなのではなく、用事が立て込んでいた。

 そうであろうと長男だけが家にいない、という事実は揺るがなく、パオラは少しばかり寂しい想いを抱いてしまっていた。


「いつ、おでかけー?」

「どっしよっかな……」


 すべきことは決めている。

 しかし、事前に計画していたわけではないため、少女の問いかけに対し即答出来ない。


「昼食と夕食に関わりますので、きちんとお伝えください」

「は、はいぃ! えーっと、えーっと!」


 ウイルはこのメイドが苦手だ。常に無表情なことと、業務に徹する言葉づかいが少年を委縮させてしまうのだが、シエスタ本人に悪気はなく、単なる相性の問題なのだろう。


(治維隊って一日中忙しそうだから、迷惑をかけないタイミングってのがわからないんだよな……。だったら、こっちの都合で決めちゃってもいいか)


 そう結論付け、氷のような瞳を見つめ返す。


「お昼食べたら出かけます。多分、一、二時間くらいで戻れるかと……」

「かしこまりました。本日も夕食を用意致します」

「よ、よろしくです……」


 談笑も兼ねた業務連絡は完了だ。そうであることを裏付けるように、シエスタは空になったコップを手に取り、音もなく席を立つ。大きな屋敷に対してメイドは二人しかいないため、いつまでも休んではいられない。朝食という大きなイベントが片付いたのなら、次は昼食の準備が待っている。

 リビング内の人数が一人減ろうと、静寂が訪れることはなかった。


「ふんふんふふんふ」


 幸せそうな鼻歌の作曲者はパオラだ。くちずさみながらも、絵本に見入っている。


「さっきから何読んでるの?」

「きょじんせんそー」

「あぁ、それならお兄ちゃんも子供頃に読んだことある。というか、その時の絵本か、これ」


 巨人戦争。光流歴千十五年を生きる人々にとっては、もはやおとぎ話でしかない。千年以上も昔の出来事なのだから、当然と言えば当然だ。

 眼下で体を揺らす少女を一旦思考の端に追いやりながら、ウイルは情報の整理整頓に着手する。


(貧困街の掘っ立て小屋が倒壊したことも、もしかしたら……)


 仕組まれていたのかもしれない。妄言にも近い推測ながら、先ほど、父が発した言葉がどうしても引っかかってしまう。

 朝食のため、家族団らんでテーブルを運んでいた時だった。

 この家の家長でもあるハーロンが、珍妙な話題を息子に振ったことが話の始まりだ。


「ウイル、昨日は貧困街に足を運んでたようだな」

「はい。よくご存じで。でも、どうして?」

「私の部下が見かけたようでな。家屋が倒壊したことを受けて視察に向かわせたんだ。そこでいったい何を?」


 ウイルがアダラマ森林で特異個体に勝利を収めたのが一昨日のことだ。

 同日、貧困街では連結していた空き家が倒壊するという事故が起きてしまう。

 ウイル達は帰国後、夜遅くまで祝賀会を開くも、その帰り道に貧困街に立ち寄ったタイミングでその事実を知ることとなる。


「下敷きになって死んでしまった子供達とは、顔見知りだったんです」


 その瞬間、室内の温度が急激に下がるも、ウイルはお構いなしに話を続ける。


「だから、その子達が火葬場まで運ばれる際に立ち会いたいなと、と思って……。あの子達を掘り出した、傭兵仲間の代わりに……」

「そうか。こんな時に話す話題ではなかったな、すまない。いや、その、あそこに建築申請が来たので驚いてな。昨日今日のタイミングで。その上、そんな場所にウイルがいたと耳に挟んでな、不思議に思ったんだ」


 ハーロンの言う通りだろう。

 そうであろうと、ウイルは食い下がるしかない。父の口から妙な事実が飛び出したからだ。


「建築申請? 跡地に、ですか? しかも、事故の翌日に?」


 ボロ小屋四棟の倒壊が一昨日。

 跡地には未だ建材が残る状況ながら、新たな建築物を建てたいという申請が昨日の内に提出された。

 そのフットワークの軽さは、父と子に違和感を覚えさせるには十分だった。


「ああ。まぁ、当然ながら却下なんだがな。あそこは……」

「イダンリネア王族の所有地ですからね」

「そういうことだ。仮に申請者が四英雄だとしても、突然の申請では通るはずもない」

「父様。その件、最も大事なことは申請が却下されたことではないですよね?」

「お、さすが我が息子。よくわかってるじゃないか。どうだ、そろそろ私の下で仕事の勉強を始めないか? おまえは地頭が良いからな、すぐに覚えられると思うぞ? 計算も早く、記憶力も申し分ない。傭兵を四年もやって、度胸もついたろう。十六になったのだから、そろそろ許嫁とかも探し始め」

「そういうのいいですから、どこのどいつが申請したのか、教えてください」


 ウイルはエヴィ家の長男である以上、本来ならば父の跡を継ぐべき人間だ。生まれる前からそのようなレールが敷かれていたのだが、どこで間違えたのか、魔物退治の専門家に成り下がってしまった。

 ハーロンとしては、息子に傭兵稼業から足を表せ、家業を継がせたいと考えている。楽しそうなウイルからその肩書をすぐにでも奪い取るつもりはないのだが、その危険性を考慮するなら、親として心配したとしても仕方ない。

 そんな親の気苦労など無視するように、ウイルは話を前へ進ませたい。

 貧困街への新規建設が不可能であることを知らない人間。

 親だけでなく帰る場所さえ失い、身を寄せていた子供達の死を嘆くつもりのない人間。

 それが誰なのか、知らなければならないと判断した結果だ。


「申請の提出は、女神教からだ」

「な⁉」


 その瞬間、ウイルは押し付けられたように椅子の背もたれへ体を預ける。脱力と共に唖然としてしまった。

 内から湧き上がる感情の正体は、本人すらも把握不可能だ。

 懐疑。

 焦り。

 恐怖。

 そして、怒り。

 女神教が何をしようとしているのか、わからない。

 そもそも、なぜ女神教が今になって活動を再開したのか、わからない。

 なによりも、家屋の倒壊が老朽化ではなく、故意に破壊された可能性が脳裏に浮かんでしまった以上、少年は怒りを抑え込むのに必死だ。


(だったら、事故の翌日に申請するのも頷ける……。計画的犯行なんだから、書類の用意も事前に出来て当然……)


 現時点では単なる決めつけだ。殺気立つには時期尚早ながら、歯を食いしばってしまう。

 空気の重さに誰もが口をつぐむ中、その少女だけはあっけらかんと言ってのける。


「このういんなーとおにいちゃんのういん」

「パオラちゃん! お兄ちゃん立ち直れなくなるからそういうことは思ったとしても口にしないで! と言うかいつ見たの⁉ 見せたことないよね⁉」

「こそりみた」

「こっそり⁉ 怖い! この子怖い! 超越者の視力侮ったらこういうことになるんだ⁉」


 絶望だ。今すぐにでも二度寝もとい不貞寝したい気分だが、それよりも先ずは黙らせなければならない。

 パオラの右手はフォークを握っており、その先端には焼きウインナーがグサッと刺さっている。

 油したたるそれは、決して大きくはない。

 どちらかと言えば小ぶりだ。

 少女の目にはどう映ったのか?

 比較した際の感想が今まさに晒されそうになるも、ウイルはかろうじて阻止することに成功する。


「パオラ様、後で私にだけ教えてください」

「わかたー」


 本人の目の前で、謎の交渉が成立してしまう。

 パオラの隣にはシエスタが付き人のように座っており、スープを静かにすすりながらも、左手だけでガッツポーズを作っている。


「シエスタさん⁉」

「この四年間、見ておりませんでしたので」

「い、いや、その前も披露したことなんてないですよね?」

「何度か、こっそり拝見致しました」

「どういうこと⁉」


 この瞬間、少年は静かに絶望するも、一方で女性陣の脳裏にはあるフレーズが焼き付いてしまった。


(息子の……)

(ウイルぼっちゃまの……)

(ウイル様の……)


 ウインナー。

 その結果、当分の間、エヴィ家の食卓にウインナーが並ぶことはなかった。

 今日という一日は、こうして幕を上げた。



 ◆



 城下町はいつものように大賑わいだ。

 石畳は千を上回る足で踏みしめられるも、この国を支えるようにどしりと身構えている。

 王国の頭上には、煌々と輝く太陽。見上げれば青い空に綿菓子のような雲が浮かぶも、その光が眩しいのか、逃げるように遠ざかっている。

 賑わう人ごみの中を、歩き続ける一人の少年。普段と異なり、ハーネス鎧や短剣を携えてはおらず、鞄すら背負っていない。

 つまりは手ぶらだ。貴族にしては素朴な身なりだが、自身で購入した衣服ゆえ、その点は致し方ない。

 灰色の短髪を輝かせながら、寡黙に歩みを進めれば到着だ。

 眼前には、石造りの建物がどっしりと構えている。仰々しいと感じてしまう理由は、武器を携帯した大人達も一役買っているはずだ。

 彼らは治維隊であり、この国の犯罪を取り締まっている。

 そして、ここは彼らの職場であり、拠点だ。

 緑色の制服が入れ替わり立ち代わり出入りをしている理由は、平和の陰にも不届き者が潜んでいるためか。


(悪いことはしてないのに、ソワソワしちゃうこの感覚は何なんだろう?)


 そうであろうと入るしかない。

 半袖ハーフパンツという身なりはこの場には不釣り合いかもしれないが、着飾ることが苦手なため、開き直るように建物へ足を踏み入れる。

 その瞬間、顔に塊のような空気がまとわりつくも、怯む必要はない。ウイルはこの空気を知っており、慣れた足取りで受付を目指す。


「すみません」

「はい、何でしょうか?」


 受付の向こうもこちら側も、ハツラツな隊員だらけだ。ここは彼らの仕事場なのだから当然と言えば当然だが、その圧迫感は頼もしい反面、少々怖い。


「えっと、ウイル・エヴィと申します。傭兵……、あ、いえ、エヴィ家の人間です。隊長のビンセントさんはいらっしゃいますか?」


 挨拶も兼ねて手短に用件を伝えるも、この発言が対応中の女性を凍り付かせる。

 エヴィ家。イダンリネア王国の数少ない貴族であり、教養のある者なら驚いて当然だ。

 身分が違い過ぎる。いかに治維隊と言えども、彼らにだけは歯向かえない。失言一つで首が切り落とされる可能性さえあるのだから、その隊員は手元を震わせながら口を開く。


「しょ、少々お待ちください……。今、確認致します」


 逃げるように立ち去る後ろ姿を眺めながら、ウイルは一人残され立ち尽くす。待てと言われた以上待つしかないのだが、それでもなお、不安は拭えない。


(事前の約束なんて一切してないから、多分無理だろうな……。というか、いきなり貴族の身分をかざしちゃったけど、やっぱりスマートじゃないよなぁ)


 ただの傭兵には会ってもらえないかもしれない。そう考え、自身は貴族だと伝えてしまった。ずる賢いやり方だが、なりふり構ってはいられない。暗躍している集団がいると気づけてしまった以上、治維隊の助けがどうしても必要だからだ。

 貴族と名乗ったことから奇異な視線に晒されながらも、待ち続けること数分。

 大きな足音と共にガチャリと扉を開け、その男が気怠そうに現れた。

 黄色い髪は眉にかかる程度。その下の表情は随分と不機嫌そうだが、事実そうなのだから隠すつもりもない。

 緑の制服は他者と同様ながらも、その貫禄は管理職だからこそか。


「おう、帰れ」

「第一声がそれ⁉ ぼ、僕じゃなかったら更迭どころじゃ済みませんよ……」

「わかってて言ってる」


 この男の名はビンセント。治維隊を束ねる若き隊長であり、その実力は軍人すらも凌駕する。

 前提として、治維隊は軍隊ではない。王国の治安維持に努める特殊機構であり、管轄としては傭兵と同族だ。

 ウイルとビンセント。両者の間に友情の類は存在しないが、なにかと縁があるため、今回もこうして顔を合わせることになった。


「相談したいことがあって……」

「知るか。こっちは忙しいんだ。おまえ、貴族に返り咲いた途端、権力を使いやがったな……。おかげで部下が思いっきりびびってたぞ」

「それについては謝罪します。どうしても取り次いでもらいたかったんです」

「第一、おまえはギルバルド家の系統じゃないだろうが。エヴィ家のぼっちゃんにお越し頂こうと、お相手するかどうかは話は別でーす」


 ビンセントの言い分はあながち間違いでもない。

 この国は王族を頂点とし、その下に四つの英雄が君臨している。

 貴族はさらに下層なのだが、これらは全て縦で繋がっている。

 つまりは、貴族は必ず四英雄のどれかと主従関係を結んでおり、エヴィ家の場合、それは英雄ハイムズ家が該当する。

 傭兵組合と治維隊は英雄ギルバルド家の系統なため、同じ樹木ながらもエヴィ家とは別の枝葉ということだ。

 そうであろうと、言い負かされるわけにはいかない。ウイルは自身の推測を伝えることから始める。


「一昨日起きた、貧困街で建物が倒壊した件について、治維隊は事故で片付けたと思いますが……」

「ああ、当然だ。四軒とも、かなりぼろかったからな」

「僕は事件だと考えています」

「ほう……」


 証拠はない。

 それでもそう思えてしまった理由は、父の口から伝えられた事実に由来する。

 貧困街の出来事とは言え、掘っ立て小屋が崩れ子供達が下敷きになってしまったのだから、その悲劇はあっという間に町中に知れ渡った。

 しかし、それは翌日のことだ。つまりは昨日の内に人づてに伝搬したはずであり、今日知った者がいても不思議ではない。

 事実を知り、状況を把握、それから検討。

 もしもその跡地に何かを建設したいのなら、数日以上の工数を必要とするはずだ。数日どころか何十日とかかるかもしれない。

 そのはずだが、女神教は事故の翌日には書類を用意、提出さえしてみせた。

 軽すぎる立ち回りだ。そう考えることも可能だろうが、ウイルは別の答えを導き出す。

 場所を変えて、ここは取り締まり室。殺風景な個室なのだが、二人は小さな机を挟んで睨み合うように座っている。


「つまりなんだ? あいつらが……、女神教が空き地欲しさにボロ小屋をぶっ壊して更地にしたってことか?」

「僕はそう考えてます。根拠は、その、薄すぎますが……」


 言い掛かりなのかもしれない。

 思い込みと表現した方が正しいだろう。

 それでも、少年の直感が告げている。

 これは老朽化によって生じた悲劇ではない、と。


「まぁ、確かに? 建築申請が昨日の今日ってことはおかしいな。無視しちゃならんとも思う」

「昨日の今日じゃなくて、一昨日の昨日ですけど」

「うるさい。貴族様はすーぐ揚げ足を取りやがる。で? 俺達を頼るってことは何をさせたい?」


 ここからが本題だ。憶測交りの事前情報を共有し終えたのだから、ウイルはさらに一歩を踏み出す。


「先ずは調査をお願いしたいです。四年前、上層区で起こった放火の時のように……」

「名医ライノル・ドクトゥルの殺人放火事件か。その時におまえを連行したんだよな、懐かしいぜ」


 その凶行の犯人こそが炎の怪物、オーディエンだ。魔物でありながら人間と同じ言語を話し、そればかりか高い知能を持つ。この時点でも厄介だが、その実力は未知数であり、公には発表されていないのだが、過去に遭遇した軍隊はあっさりと壊滅させられてしまった。


「扉すら朽ちた廃屋だったとは言え、隣接する四軒を殴る蹴るで堂々と壊したとは思えないんです。おそらくは……」

「魔法で支柱をへし折った……か。グラニートあたりだろうな」


 グラニート。土属性の攻撃魔法だ。地面の土を盛り上げ、対象を真下から殴打する。地味な魔法だが、だからこそ、今回はその候補に挙げられた。

 ビンセントが気怠そうに頭髪をかきむしる理由は、きな臭さがいよいよ現実味を帯びてきたためだ。

 ウイルはその様子を眺めながら、持論を述べる。


「あそこはかつての住宅地なので、立地的に離れた位置からひっそりと魔法を使うことが出来ます。詠唱の際に体が光ってしまいますが、それだって脇道に隠れていればほぼほぼ問題ない。人通りの少ない場所ですしね。下位の攻撃魔法は四秒間隔で撃てますから、一発で一軒しか壊せずともそれっぽく見えると思います」


 ゆえに、調査を願い出ている。

 魔法が犯行に使われた場合、調べることは可能だ。魔法の残り香を検知出来る魔道具が存在しており、それは錬金術協会が管理している。


「わかった。事件という前提で調査し直そう。手続きが必要な以上、今日明日でどうこうは出来んがな」

「はい、お願いします」


 交渉成立だ。

 隊長は両腕を組み、静かに唸る。忙しいと愚痴りたいところだが、今回は子供達が多数死んでしまった。もしも殺人事件だった場合、必ず犯人を捉えなければならない。

 ウイルも安堵のため息をこぼしたことで、室内の空気はいっきに和らぐ。

 今日の用事が終わった以上、さっさと退室しても良いのだが、ビンセントが背もたれをギィを鳴らしながら口を開いたことで、二人っきりの時間は継続だ。


「ところで、おまえさん。随分と活躍してるそうだな?」

「え? 何の……ことでしょうか?」


 実は思い当たる節がいくつかある。しらばっくれるつもりはないのだが、ここは相手の出方を伺いたい。


「ジレット大森林の件だっつーの。第三先制部隊の獲物をおまえがぶっ倒したそうじゃねーか。ここはともかく、軍の方じゃけっこう噂になってるみたいだぞ」

「噂……ですか。たまたま居合わせただけなんですけど……」

「嘘つけ。賢いおまえが逃げなかったってことは、思うところがあったんだろうが」


 治維隊らしい鋭い視線が少年に突き刺さる。取り調べではないのだが、場所が場所ゆえ、雰囲気としてはその通りだ。

 第三先制部隊の隊長ことガダム・アルエがどのような報告書を提出したのか。ウイルがその内容を知る由もなく、口を尖らせながら考え込む。


(あの黒い魔物を倒したのは僕じゃなくてエルさんのお母さんなんだけど……。きっと、ガダムさんは魔女の存在を隠匿してくれたんだろうな。となると、あの戦いは僕が単独で行って、討伐も僕の手柄ってことになるのか……。あれ? オーディエンについてはどうなってるんあろう?)


 ジレット大森林で戦った魔物はデーモン族だけではない。

 その直後、宿敵でもあるオーディエンがその姿を現した。

 ウイルとしてはこちらの方が大事なのだが、軍に被害を与えたのは黒い魔物であり、オーディエンについては報告するもしないもガダムの差し加減と言えよう。


「第三先制部隊に痛手を負わせた、謎の魔物。それを倒したのが、ぱっと見だと子供にしか見えない、銀髪の傭兵。噂にならない方がおかしいってもんだ」

「そういうものですか……」

「ああ。で? どうやったんだ?」


 言い終えるや否や、前のめりになるビンセント。その勢いに押され、ウイルが仰け反るのも無理はなかった。


「どうと言われても……。黒い魔物は確かに強かったです。でも、倒せない相手ではなかった。それ以上でもそれ以下でも……」


 実際のところは終始押されてしまったが、手持ちの武器が通用しなかっただけとも言える。

 もしも最初からミスリルソードを投入していれば、勝者はウイルで間違いなかった。


「まーた貴族っぽい言い回ししやがって。まぁ、いい。近い内に召集がかかるかもな」

「え、誰からですか?」

「そりゃー、おまえさん……、誰だろう?」


 ウイルの功績がひっそりと知れ渡った以上、この男の予想は的外れではない。

 誰からお呼びがかかるのか? 現状ではわかるはずもなく、二人は頭の上にクエスチョンマークを浮かべてしまう。

 取調室に不思議な空気が漂うも、それを合図に話し合いは切り上げられる。ウイルはともかく隊長は多忙なため、雑談に興じていられる時間も限られてしまう。


「進展あり次第、追って連絡する」

「お願いします」


 調査開始だ。

 治維隊はタレコミに従い、動き始める。

 一方、ウイルに関しては待つしかなく、傭兵らしくギルド会館に足を運んでもよいのだが、家族には帰ると伝えてしまった手前、今日は大人しく帰路に就きたい。


(ずるいやり方だったかな?)


 貧困街の子供達が瓦礫の下敷きになった。

 言ってしまえば仇を取るために立ち上がったのだが、第一歩が調査を依頼することになってしまい、ぼんやりとだが不甲斐なさを感じてしまう。

 もちろん、そんなことはないはずだ。厳密な調査が必要なのだから、専門家を頼ることは悪手ではない。

 それでも後ろめたさを覚えた理由は、貴族ゆえの正義感か?

 もしくは、大人を顎で使ってしまったことへの罪悪感か。

 その地位はまさに特権階級であり、そういったことも許されるのだが、モヤモヤを積もらせてしまう理由は性格に所以するのだろう。


(フランさんは元気になったかな?)


 もう一つの心配事が彼女の容態だ。

 崩れた家屋から十を超える死体を掘り出したのだから、精神的負荷は決して小さくはない。

 ましてや、その子達とは見知った間柄なのだから、十代の少女が背負うには重すぎる十字架だ。


(様子を見に行こう)


 遠回りにはなってしまうが、進行方向を北から北東へ変化させる。

 港に面するそこは本来ならば無人のはずだが、だからこそ彼らは行き着いてしまう。

 行く当てのない、全てを失った者達。

 魔物に家族を殺された。

 商売に失敗して財産を使い果たした。

 親に捨てられた。

 理由は様々だが、知恵も力も持たぬ彼らには、その地でひっそりと死んでいく以外に選択肢は残されてはいない。

 貧困街。王国の恥部であり、闇そのものだ。

 少年はそこを目指す。貴族でありながら全てを手放し、傭兵として歩み続けた四年間、そこが新たな居場所と化した。

 当時は今以上に金がなく、宿代を払えない以上、帰国後はどこで寝泊まりすればよいのか、少年を悩ませた。

 その結果、行き着いた場所が貧困街だ。

 彼らは小さな傭兵を迎え入れ、寝泊まり可能な空き家を紹介する。

 扉は取り外され、屋根の穴は一つや二つでは済まない。それでも雨風をしのげるとウイルは喜び、硬い地面に寝そべって土や砂にまみれながら夜を明かす。

 貴族とは正反対の暮らしだ。それでも受け入れられた理由は、覚悟によるものか。

 当然ながら風呂の類は存在しないのだが、そこでの暮らし方も浮浪者から教わることが出来た。

 貧困街を小さな河川が横断するのだが、そこでなら衣服や体を洗うことが可能だ。

 また、港と隣接していることから、漁師の仕事を手伝うことでわずかながらも魚を分けてもらえた。ウイルは傭兵として少ないなりにも稼げたため、そこまでする必要はなかったが、ここでの生き方を学べたことはありがたかった。

 だからこそ、その恩返しだ。以降、ウイルは稼ぎの半分を、浮浪者達の食費にあてがうことにした。

 そうは言っても、微々たる金額だ。それでも一人でも多くの命を救うため、この習慣は今も継続している。

 稼ぎの半分を手渡す相手こそが、二歳年上の少女、フラン。貧困にあえいでいながらも正義感が強く、瞳には力強ささえ宿していたことから寄付の相手に選ぶも、この人選は正しかった。

 安いパンを調達、平等に配る姿は連日のように見られ、そればかりか足りない資金を補うため、彼女自身も傭兵として歩みだす。

 報われるべきだ。

 しかし、神は彼女らを見捨てる。

 罪のない子供達が大勢死んでしまった。その日も身を寄せ合って、夕食の配給を待っていただけだった。

 誰が悪いのか?

 柱が自然に朽ちて廃屋が崩れてしまったのなら、不運に他ならない。責めるべきは己の運命か、貧困街を作為的に放置している王国だろう。

 しかし、もしも家屋の倒壊が人為的なら話は別だ。

 犯人を許してはならない。

 少なくとも、ウイルは今回の件をそう認識し、動くつもりでいる。

 凶行に及んだ者が逮捕されたとしても、そしてそれに協力したところで、死者は蘇られない上に一イールも稼げはしない。

 そうであろうと関係ない。やると決めたのだから、予定の変更は無しだ。

 ウイル・エヴィ。

 十六歳の若き傭兵。同時に貴族という前代未聞の少年は、灰色の髪で太陽の光を受け止めながら、城下町を静かに歩く。

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