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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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58


両端左右に分かれてセッティングされたテーブルとイスのセットが

奥までそれぞれずらーっと並び、右側の列に並べられている席の手前から

二つ目に恵子の顔が見えた。



横顔が少し見えるのは俊だ。

彼らの姿を目にした桃の顔には表情が消えていた。


そして先ほどの心の持ちようである心得みたいにものも

あっさりと消えてしまっていた。



そう先ほど自分に言い聞かせていた気持ちなど嘘八百だったのだ。

心の奥深くでとっくに結論は出ていて、準備は整っていた。


だから……、恵子が自分に気付き笑っている姿を視界に捉えながら歩

を進めた。



一歩二歩とふたりに近づく。


そして恵子の反応で自分に気付き振り向きながら立ち上がった俊の側に

素早く近づきポケットに忍ばせていた刃渡り約10cm のサバイバルナイフで

一撃刺した。



最初何が起きたのか分からなかったようで、俊はすでに刺されている自分の腹を見て

驚きの表情をし、縋るようにして桃の両肩に手を掛けた。


そして無残にも桃の目の前で床に崩れ落ちていった。



この間、全身全霊己が憤怒をナイ フの刃に乗せた桃は、微動だにせず、

ただ黙って立っていた。



すでにこの時、桃にはなんの感情もなかった。

まばらに点在する他の客はまだ気づかない。


恵子だけが震えながら恐怖の声なき悲鳴をあげた。

倒れた俊をそのままに桃は恵子のほうへと近づいた。




どうやら普段の物言いからは考えられないほど恵子はヘタレだったようで

腰が抜けたのか、はたまた気が動転してなのかは分からないが、椅子に

座ったままだった。



逃げればいいのに、馬鹿だなぁ。


それじゃあ遠慮せずいっちゃうねー。


59


恵子は桃より顔一つ分身長が低い。


うまい具合にちょうど掴みやすい場所で震えてブルブルしている恵子の頭髪をガシッと

鷲掴みにし、グラグラと振り回すように動かしながらすごんだ。



「次はあんたをめった刺しにしてやろうか?

ねぇ、どこがいい、どこ刺されたい?


あんたのような平気で人を不幸にして歩く女はさぁ、歩けないように

したほうがいいと思わない?

ねぇ~、恵子ぉ~、あなたもそう思うっしょ?」




桃がどやどやどうだ、どうだと、囁き声ですごんでいる間に、

カフェの店員が俊の異常に気付いたようで周りはだんだん騒がしく

なっていく。



そんな中、桃の脅しは続く。


「どうなの? ちゃんと答えなよ。あんたもそう思うよね」


「ごっ、ごめんなさい。もう水野くんを誘ったりしないから……ゆ、許して」


周囲の喧騒もうっちゃり、桃は恵子を、髪を掴んだまま店の端に引っ張って

いき、脅し文句を吐き続ける。



「今度誰かに悪さしてるの見つけたらただじゃおかないから。

その自慢の顔に薬品ぶっかけてグチャグチャにしてやるから」


話してるうちに周囲が救急車のサイレンの音、パトカー音と、騒がしくなっていくのが

分かる。



この時の桃は、すでに耳に届いていた遠くに聞こえるサイレンの音で、

俊がすでに救急車で運ばれるであろうことには気付いていた。


だがそれを知り、ほっとしたのか残念に思ったのか……

この時の桃には、もう何を? と考える力など残ってはいなかった。




多分もう少ししたら自分は逮捕される、それだけは分かった。


そう思う間もなく、これを最後の捨て台詞に恵子の目の前で、

桃は駆けつけた警察官に拘束された。



その後、桃はパトカーの後部座席に乗り込み座った。

隣には婦警が座った。


いろいろ質問されたが、自分でも分かるほど精神的にきていた。

婦警の質問など耳を素通りで、頭の中にあったのはただひとつ。


どうでもいい旦那だけど、籍はガンとして抜かないでおいて恵子と会うって

どういう了見ですかっていう話ですよ。–


ちゃんと自分の思う通り落とし前をつけたことで、それまで張りつめていた糸が

ブチッとパトカーの中で切れた。


もう、どうにでもなれっ。


警察署に着く前に意識を失い、桃はそのまま苦しみも何もない世界へと

雪崩れ込んでいった。



そして……次に目覚めた時には精神病院にいたのだった。


(最初のシーンへと)

60


◇ ◇ ◇ ◇


病院のベッドで目覚めた桃は知らず知らず童謡唱歌である

『さくらさくら』を呟くように歌っていた。



悲しい歌だなぁと思うも……どうしてだか眦から涙がこぼれ落ちるのだった。



この時の桃は、これまでの記憶が一切抜け落ちてしまっていて途方に

暮れるばかりだった。

自分はこれからどうなっていくのか、不安な時間を過ごしていると

夕方になってやっと一人の女医がやってきた。


そして彼女は記憶を亡くした自分に入院に至るまでの経緯を掻い摘んで

説明してくれた。そこで桃は自分がここにいる理由を知った。



『私って刃物のようなきれっきれっの恐ろし女だったんだ。

参るわぁ~、ほんと』


この後、桃は更に心細さに押し潰されそうな時間を過ごした。



そんな心もとない自分を、担当医である素晴らしく有能な

精神科医の霧島奈津子女医が、その後ずっとフォローしてくれた。


そう、家族関係者たちに召集をかけ、自分の今後の行く末をいい塩梅に

取り計らってくれたのだ。



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