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◇見舞い客
桃が目覚めた翌日、両家の両親が見舞う為病室を訪れた。
「桃、記憶が戻らないって聞いたけど、私のことも思い出せない?」
入室するなり私に質問を投げかけてきたのは実の母親なのだろう。
うん、母親と父親の顔は眺めているうちに思い出してきたかな。
しかし、4人が4人とも陰気臭い表情をその顔に貼り付けている。
彼らの顔を眺めながら、徐々に病院に来る前のことが少しずつ靄が晴れてゆくように
……眠って凍結されていた記憶が彼らと面会するという負荷によって溶け出してゆく
感じで戻ってくる。
誰か女に自分が低音で囁いている映像が頭に浮かんだ。
私は警察が来て自分を連行していくだろうことを予想していたようで
大人しく拘束され、一緒に建物から出て車に乗った。
私が何やら囁いていたあの女はあれからどうなったのだろう。
あの女は一体誰だったのか?
一旦記憶が途切れたところで私は女医から質問を受けた。
「ゆっくり療養すればおいおい失くした記憶は取り戻せると思います。
2~3日で退院可能ですがどうされます?」
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私は、
自分のことを疎ましく?
しかも怖がってる? 風な両家の4人を一瞥してから
先生に答えた。
「こちらで一週間ほど療養させていただこうかと思い……」
と私が先生に最後まで話をする前に母親が口を挟んできた。
「桃、特にこれといって悪いところがないのなら早めに帰ってきてほしいんだけど。
思い出せないかもしれないけどあなた、小さな子がいるのよ」
「えっ、私、子持ちなの?」
驚いたぁ~。
心底私は他人事のように驚いてしまった。
じゃあよけい、ここでゆっくりするわー。
だって今ここでゆっくりしないと、この先絶対一人のゆっくりできる
時間なんてないと思うから。
「ごめんなさい、まだ頭が痛くて。
このまま家に帰って私までお荷物になったら、お母さんに申し訳ないから
やっぱり一週間こちらでお世話になります」
私がそう言うと母親らしい人が困ったような悲し気な表情をした。
『子供の世話は大変でしょうけどあなたの孫なんだから頑張れー』
胸の内で母親らしき人物に応援メッセージを送っていると、父親らしき人が
私の意志に賛同してくれた。
「定子、桃は無理してこうなったのだからここは桃の意志を
尊重してやることにしよう」
そしてそれから父親らしき人が夫の義両親の紹介を始めた。
「桃、こちら水野さん、俊くんのご両親だよ。
覚えてないかい?」
「俊、って人がもしかして私の夫っていうこと?」
「そうだ、俊くんはお前の旦那さんだ」
「それはわざわざ来ていただいたのに、覚えてなくて申し訳けありません」
「桃ちゃん、ほんとに何も覚えてないの? 最後に俊に会った時のことも」
「……」
「よさないか。桃さんは精神状態が今は普通じゃないのだからその話は
あとでいいじゃないか」
「でもちゃんと会話できるのにほとんど何も覚えてないなんて、信じられないわ」
姑だという人の話を聞いているうちに、彼女の顔のことは少し思い出せそうな気がした。
でも私の夫、俊って人のことはまったく思い出せなかった。
その彼はその後どうなったのだろう。
傷は癒えたのだろうか?
それとも手術になってまだ入院したままだとか。
そう思うものの、私は姑たちが息子について何も言わないのをいいことに、
私が傷つけたという夫だという人のことは話題に持ち出さなかった。
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ひとしきり両家両親たちに桃の担当医としての助言をするも、
少しも響かない両家家族に女医は通達する。
「これで今回の面談は終了といたします。
皆さまご苦労様でした。
では面会の時間もこれにて終了としますので私と一緒に病室を出て
どうぞお帰りください」
そう言うと、女医は病室の桃にまだ未練を残している母親や姑、
そして男親たちを連れてさっさと病室を後にした。
そしてそのまますぐに彼らを帰すことはせず、話のできるスペースへと
4人を誘った。
夫とは一緒にはいられないと訴える桃に……
一緒にはいたくない夫との結婚生活を、周囲の無理解と自分たちの都合を優先させる
エゴから来る無協力のせいで、悲しみを抱えたまま過ごさなければならなかった桃の
これまでの経緯を知り、激怒していた女医は、病室で語ったセリフに続き、
家族に対して改めて叱責の檄を飛ばしたのだった。
「あなたたちの冷たい無理解な対応が今回のことを招いたのですよ。
これ以上彼女の意志を無碍にし続けると症状が悪化するでしょう。
もう彼女を夫から、そしてあなた方から解放してあげましょうよ。
即刻、離婚させてあげてください」
確かに世間体や、自分がしんどいことに巻き込まれたくないという思い、
4人それぞれの思いがあり、それぞれが自分ファーストに動いていたのだ。
今回女医にそこのところを突かれた形になり、4人ともようやくここにきて
離婚やむなしと納得し受け入れたのだった。
療養一週間後に桃は、女医から両家家族全員が夫と言われる人との離婚を
認めたと聞かされた。
「先生、ご尽力ありがとうございます、ほんとに……あり……」
言葉に詰まる桃の頭をそっと包み込むようにして女医がポンポンしてくれた。
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