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映画館からの帰り道。
並んで歩く道すがら、映画の感想を楽しそうに語る春菜の横顔を、佐久間は隣で見つめていた。
春とはいえ、まだ肌寒い夕暮れ時。
少し寒そうに身を縮めながら、楽しそうに笑う彼女。
その姿が、どうしようもないほど愛おしくて、胸がちぎれそうになる。
もう、自分を騙す限界だった。
(……ダメだ。これ以上、普通の男友達のフリなんてできない)
トップアイドルとしての立場、世間の目、理屈――そんなものは、この今にも溢れそうな想いの前では何の歯止めにもならなかった。
だけど、同時に恐ろしかった。
自分と付き合うということは、彼女をこの狂乱の芸能界の裏側に巻き込むということだ。
週刊誌の影に怯え、堂々と外も歩けず、普通の恋人ができる「当たり前」をすべて奪ってしまう。
それに、何より怖かったのは、春菜の気持ちだ。
彼女は自分のことを、ただの『気の合う年下の男の子』としか思っていないんじゃないか。
もしここで踏み出したら、今のこの心地いい関係すら壊れて、彼女は自分の前から消えてしまうかもしれない。
ぐるぐると渦巻く恐怖と葛藤で、足がすくみそうになる。
だけど、楽しそうに笑う春菜を見ていたら、心が悲鳴を上げていた。
失う恐怖よりも、この想いを隠し通す限界が、もうとっくに超えていた。
大介は、ピタリと足を止めた。
「……佐久間くん?」
異変に気づいた春菜が振り返る。
住宅街に入ったからか、いつの間にか周囲には誰もおらず、2人だけの空間が広がっている。
2人の距離は、2メートルほど開いていた。
佐久間は拳を白くなるほど強く握りしめ、胸の奥の叫びを言葉に変えた。
「俺……っ、俺、春菜が好きだ」
「……え?」
春菜の動きがピタリと止まる。
路地を挟んですぐの街の喧騒が、まるで他人事のように、急に遠ざかったような気がした。
「そん、な。冗談はやめ……」
「冗談じゃない!」
佐久間は一歩、激しく足を踏み出した。
「冗談なんかで、こんなこと言わないよ……! 俺、春菜が好きだ。ずっと、ずっと好きだったんだよ」
春菜は呆然としたまま、「佐久間くん……」と、その名前を呼ぶのが精一杯のようだった。
その困惑したような表情を見て、佐久間の胸に溜まっていた不安が決壊したように口から溢れ出す。
「……分かってる。分かってるよ。春菜からしたら、俺なんてただの年下の、ちょっと気の合う男友達の1人としか思ってないって。それに、俺の仕事のことだって…。俺と付き合うってことはさ、普通の男と付き合うみたいに、堂々と手を繋いで街を歩くこともできないし、変な噂に巻き込まれて春菜が傷つくことだってあるかもしれない」
一気に捲し立てる佐久間の声は、不安を誤魔化そうとしているようで、微かに震えていた。
「自分勝手だって分かってる。春菜の平穏な日常を、俺の我が儘で壊していいのかって、何回も、何百回もぐるぐる考えて……頭おかしくなりそうだった。仕事柄『普通』ではないし、春菜にたくさん迷惑かける。できないことのほうが、圧倒的に多い……」
佐久間はぎゅっと目を瞑り、喉の奥から、今にも消えそうな本音を絞り出した。
「……それでも、諦めきれなかった。春菜の隣にいたい。他の誰でもない、俺が春菜を幸せにしたいんだ。……俺と、付き合ってくれない……?」
静寂が心地悪く流れる。
(あぁ、ダセェ……俺、全然かっこよくないじゃん。何がアイドルだよ)
目を瞑ったまま、心臓が爆発しそうなほどの恐怖の中で、佐久間は春菜の返事を待った。
けれど、一向に言葉が返ってこない。
拒絶される覚悟、嫌われたかもしれないという最悪の思考が頭を巡る。
不審に思った佐久間が、恐る恐る目を開けると――。
そこにいた春菜は、両目にいっぱいの涙を溜めて、今にも溢れそうな顔で立ち尽くしていた。
「ぅえっ?! 春菜!? なん……っ、え!? ちょっ……!!」
佐久間は一瞬で大パニックに陥った。
やっぱり自分の我が儘が彼女を追い詰めてしまったのかと慌てて2メートルの距離を駆け寄ろうとした、その時。
「……本当に?」
小さく、掠れた春菜の声が響いた。
「え?」
「佐久間くん、今言ったこと、本当? 夢じゃない、よね?」
春菜は震える指先で、自分のほっぺたをギュッとつねった。
「……へへへ、ほっぺた痛いや……夢じゃない……、っ!」
涙目で笑う春菜。
その両目から、堰を切ったようにボロボロと大粒の涙が流れ落ちる。
「私も、ずっと、迷ってた。佐久間くんは、私と立場が全然違うって…。私が、私なんかが佐久間くんを独り占めしちゃいけないって…。でも…っ!!」
流れ落ちる涙も厭わずに、春菜は佐久間の目を見て必死に言葉を紡ぐ。
「ずっと、佐久間くんが、好きだった……!ただの年下なんて思ったこと、一度もないよ……っ」
その言葉が鼓膜に届いた瞬間、佐久間の身体は考えるより先に動いていた。
一歩で距離を詰め、愛おしい彼女の身体を壊れ物を扱うように、だけど強烈な愛おしさを込めて、腕の中に強く抱きしめ込んだ。
「春菜……っ、好き、大好き……! 俺を好きって言ってくれてありがとう……! 怖がらせてごめん、待たせてごめん……!」
腕の中で小さく泣きじゃくる春菜をそっと離し、2人で顔を合わせる。
佐久間はすべてから解放されたように、愛おしそうに目元を和らげた。
「あーあ、目、真っ赤。ほっぺたも赤くなっちゃってるよ」
笑いながら、佐久間は自分のジャケットの袖を使って、春菜の頬に伝う涙を優しく、本当に優しく拭い取った。
そして、あの初めて出会った中庭での、どこか作り物だった「アイドルの笑顔」とは全く違う――。
心からの、心底幸せそうな、ニカッとした眩しい満面の笑みを浮かべて、彼女の手を強く握りしめた。
「これから、恋人として、よろしくね。絶対に後悔させないから」
「うん……! よろしくね、佐久間くん」
世界で一番不器用で、世界で一番幸せな恋人が、ここに誕生した。
コメント
1件
うわあ……4話、最高でした……!お互いがお互いを想いすぎて「自分なんかが」って遠慮し合ってた二人が、ようやく素直になれた瞬間、胸が熱くなりました。佐久間くんの震える告白も、春菜さんの涙も、全部リアルで、読んでるこっちまで泣きそうに。不器用なりに全力な恋、めちゃくちゃ尊いです……!次の展開も楽しみにしてます!
💙青椒肉絲🧡
99
#あべさく
うめぼし
439
楪羽*yuzuriha*
1,542