Side桃
スタッフさんから渡された鍵でドアを開けると、広い部屋が現れる。
「おおー」
俺と後ろの高地の声がぴったり重なり、2人で笑い合う。
「広いね、なんか前回のとこよりグレードアップしてる気がする」
「俺らの頑張りかな」と嬉しそうに笑う。
今日はライブの前日。ホテルに一緒に泊まるのは、高地となった。
クローゼットを開けて靴を脱ぎ、スリッパに履き替える。
「さっ、歌の練習でもしようかな」
と、後ろで高地が「うわっ」と声を上げた。びっくりして振り返ると、なぜか四つん這いになっている。
「え、どした?」
「いや…こけただけ。スリッパとか履き慣れないから」
何もないところでつまずきやすいのも特徴だけど、高地はいつもごまかそうとする。
「大丈夫?」
大丈夫だいじょうぶ、と繰り返した。まるで自分に言い聞かせるように。
「ひねったりしてない?」
「だから何ともないって」
その声には、少しだけいら立ちが感じられた。もう構うな、と。
「…シャワーしてくるな」
何か言ってあげたかったけど、何も適した言葉が見つからなかった。俺はそれを隠すようにバスルームへ向かった。
俺がシャワーから出ると、高地はベッドの奥の窓辺に立っていた。窓を開けているのかカーテンが風にはらむ。
「こーち?」
6人でいるときに呼ぶように、軽く呼んでみた。
「…なに?」
少し低い声だった。
何でもない、とつぶやいてベッドに腰掛けた。寄り添ってあげたいのに逃げてしまう自分が嫌になった。
そのとき、「大我」と小さく高地が呼びかけてきた。
「ん?」
「見て、星。綺麗だよ」
立ち上がって窓辺に寄る。高地の隣で窓から顔を出すと、眼下には見知らぬ街の夜景。
そして彼のすらりと伸びた腕の人差し指が示す先には、まだ薄っすら明るい空にひとつ、星が見えた。
「わあ、ほんとだ」
あれはね、と高地が言う。「きっと金星だよ」
「何でわかるの?」
「宵の明星って言うでしょ。夜に明るく見える星。あれは金星らしいから」
確かにそれは、今見える限りの夜空で一番輝いていた。
「俺ね、いつか流星群を見るのが夢なんだ」
高地は空の彼方に視線を投げて言った。
え、と少し驚く。「そうなの?」
「うん。だって誰にも言ったことないし」
高地は目じりにしわを寄せて笑った。
「でも、キャンプとか行ったら見えるんじゃないの。山でしょ?」
「都市部しか行ったことないから」
それか、と続ける。
「そういう綺麗な星空が見えるところで、みんなでMV撮ったりするのもいいなあ、なんて」
「それはいいね」
心から思った。そんな素敵なシチュエーションでやってみたい。
「なあ高地」
「うん?」
その声はいつもの柔らかいものに戻っていて、安心する。
「俺らにとっての宵の明星は、お前なんだよ」
「何で?」と眉を上げる。
俺はまた空を見て、
「まだほかの星が夜を待ってる頃、最初に輝き出す。それって高地みたいじゃん。最年長として俺らを一番に支えてくれてるのは」
「何にもしてないよ…」
そうぽつんと言った。
「無意識的に、俺らの支柱になってくれてんだよ。気づいてないと思うけど」
「…じゃあ、明けの明星って誰かな」
「明けの明星?」と俺は訊き返す。
「それも金星なんだって。でも、夜明けに明るく光る。だから夜バージョンと朝バージョンがあるってこと」
少し考えたのち、
「じゃあジェシーじゃない?」
確かに、と高地が笑う。「やっぱり朝だもんね。いや、でもあいつは太陽だろ」
「そうだな」
じゃあ風呂入ってくるわ、と高地は背を向けた。
なあ高地、これは知ってる?
金星は、太陽の光がないと輝けないんだよ。
パワーを持つ星に照らされて煌めく明星を、俺らは目印にしてる。北極星だっているしね。
強く光る明かりを目指せば、その先はきっと俺らの約束の場所。
信じるその先には、もっと大きな光があるってことを太陽が教えてくれた。
そしてまだ見ぬ流星群の空まで、6人で飛んでいこう。
終わり
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