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さっきからずっと楽屋に響いてるのは、きょもの咳。しかもだいぶひどいパターン。
「大丈夫?」
さする背中は、咳き込む度に震える。
強がるときには返ってくる「大丈夫」も、今はない。苦しそうな「ゲホゲホ」という声が漏れてくるだけだ。
これにはほかのメンバーも血の気を引かせている。
ジェシーは逆に心配になるほど青白い顔をしてるし、しっかりしているはずの北斗も硬直している。
さらに樹は今にも泣きそうな顔で椅子に座り込んでいる。
「…ちょっとスタッフさんに酸素スプレー借りてくる」
高地が部屋を飛び出していった。
きょもの苦しみは、もう見慣れたはず。でも怖いんだ。
――いつか、本当にどこかへ儚く消えてしまいそうで。
きょもは、2か月前に「非小細胞肺がん」と診断された。肺がんで一番多い種類らしい。
しかもご丁寧に余命まで宣告された。
最初に思ったのは、「何でだろう」。
彼はそんなに悪い生活習慣だったとも思わないし、家族の既往歴もない。
それなのに、あっけなく俺らといる未来を奪われかけていることが怖くてたまらなかった。
そこまでに進行した理由として可能性があるのは、彼が密かに抱えていたストレスや重圧。だろう、というのが4人の意見だった。
それを想像した俺は、後悔することしかできなかった。
やがて高地が戻ってきて、手に持っていたスプレー缶を口に当て、酸素を吸わせる。
「ちょっと落ち着いた?」
俺が尋ねると、こくんとうなずいた。
「…時間は…?」
「時間?」と高地が怪訝そうな顔をする。
「本番の…」
はあ、と高地は呆れた声を出した。
「まさかやるつもり? この状態だよ、お前死ぬぞ」
このシチュエーションでも出てくる彼の毒舌にほんの少し安心しながらも、なおも背中をさすったまま言う。
「そうだよ。さすがに無理。本人が言うから大丈夫とか、そういうことじゃない」
でも、ときょもは反抗してくる。いつもは大人しいのに珍しい。
「大事な曲じゃん。きちんと歌いたい。だって…あと何回歌えるかわかんない。なら、今の一回に込めて…」
今日は音楽番組に出演する予定。そこで、俺らの周年を記念してデビュー曲を歌うことになっていた。
すると北斗が口を開いた。
「今の京本が歌ったって、たぶんあの高音は出ない。気づいてないかもしれないけど、咳き込んだせいでちょっと声枯れちゃってるから」
そう言われ、悔しそうに顔を歪めた。
「じゃあさ」
声を上げたのはジェシーだった。
「今日無理やり出てテレビで流されるよりも、ほかの場所で一回に魂込めて歌って、それを映像として残してもらうほうが価値高いんじゃない?」
どういうこと、と樹が小さくつぶやいた。
「つまり、ソニーさんに頼んでパフォーマンスの場所を作ってもらうの。プレイリストシリーズとして。6人の集大成みたいな感じで、かっこいいじゃん」
その言葉にはきょもの未来のことも含められているんだろうけど、悲しさは感じられなかった。
「賛成」と俺は言った。
「きょもの体調がちょっとでもいい日に撮ろう。きっとあそこのスタッフさんたちならやってくれる」
「そうだね」
樹もうなずいた。
「うん、俺もそれがいいと思う。スタッフさんにも協力してもらって、京本が納得いく演出でやろうよ」
と北斗は笑った。
「どう? それでいい?」
俺が訊くと、きょもは少し微笑んだ。「うん」
「じゃあ今日はみんなオフだな。スタジオに伝えてくる」
と北斗が出ていこうとするのを、きょもが止める。
「え、待って、何でみんな…?」
北斗が驚いたように振り返り、
「だって5人だけとか嫌だもん。これからの一回に、ちゃんと6人で挑みたいから。京本だって自分抜きでやられるのとか嫌だろ?」
「…そっか。みんな…ありがと」
そこでやっと、みんなで笑い合うことができた。
「じゃあ帰ったら作戦会議しようぜ!」
ジェシーの明るい呼びかけに、「おう」とか「オッケー」とかそれぞれ答える。
「あ、言っとくけどさすがにガチで雨降らすのとかはダメだからな」
樹のいつも通りのツッコミが飛んできて、6人で笑い声を上げる。
有終の美に向かって動き始めた俺ら。
そこには悲観はなく、情熱と楽しみしかなかった。
続く