五番街にて『花園の妖精達』代表ティアーナ=メルンとの会談を無事に済ませたシャーリィは、ホールで待っていた幹部連と合流を果たした。
「シャーリィ、話は付きましたか?」
「はい、シスター。うちで娼館を開くことになりましたので、建設作業を増やさないといけません」
「また金がかかるな、お嬢」
「必要経費だと思うことにしています。それに、娼館の建設は黄昏建設時から出されていた要望でしたからね」
軍備強化と先ずは住居建設、陣地強化を優先したため後回しにされていた。
「へぇ、花園の妖精達の娼館かぁ」
「当たり前ですが、ルイは利用禁止ですからね」
「いや、しねぇって」
「たまにはルイにも息抜きが必要だろうさ、お嬢。利用禁止じゃなくて利用したら報告にしたらどうだ?」
「なにそれ公開処刑かよ」
苦笑いを浮かべるベルモンドに項垂れるルイス。
「シャーリィお嬢様、娼館を建設するとなると衣服や寝具なんかも入り用になりますよね?」
「その通りです、エーリカ。被服部門には負担をかけますが、よろしくお願いします」
最初は規模の小さかった被服関連の部門も、最近は農園の綿を使った被服の製作で多忙を極める。
そこでシャーリィは、移住者の中から手先の器用な女性達を集めて被服部門へと放り込み人員を大幅に増加。
更に『帝国の未来』にあった手動ミシンの導入は作業効率の大幅な改善を果たした。
ただし、エーリカも多忙を極めるようになったので自警団は半ば警備隊に丸投げしている。
「もう少し人員が欲しいです。いや、それよりも作業場の拡張を優先したく思います」
「分かりました、セレスティンと相談しながら優先的に工事を行いましょう」
「娼館を建てるなら、夜な夜な客引きをしている女達の問題も解消されるでしょう」
「娼館以外での風俗業は禁止して厳しく取り締まる予定ですよ、シスター。風紀の乱れに繋がりますし、工作員の温床ですからね」
「良い判断です。では戻りますか?」
「はい。ティアーナさんとの打ち合わせも終わりましたし、帰りましょう」
「帰り道は気を付けろよ。スネーク・アイもバカじゃねぇ。お嬢が黄昏を抜けたことに気付いてる筈だ」
「その時は戦うだけです。狙撃だけは怖いので、見晴らしの悪い路地裏を通りますよ」
「マジかよ、別の厄介事がおきそうだな」
「帰り道でついでに掃除しておきましょう。お義姉様も喜びますよ」
帰路、一行は五番街を抜けてオータムリゾートのお膝元十六番街を通過していた。万が一に備えて見晴らしの良い大通りは避けて路地裏を選びながら進む。
「邪魔なのですが」
「すんませんっ!退きます!」
「失礼しやした!」
カテリナを先頭に、シャーリィとエーリカが並んで歩き、すぐ後ろをベルモンド、ルイスが付いてくる。
路地裏に潜むゴロツキ達はカテリナを恐れて道を開ける。
「シスターは有名人でしたか」
「この界隈じゃシスターカテリナの名前は良くも悪くも有名だからな。お嬢を拾ってからは大人しいもんだが、昔はなぁ」
「ベルモンド、余計なことを言わないように」
「へいへい」
「ふむ、気になりますね」
「気にしなくて良いです、シャーリィ」
他愛の無い雑談を交わしながら狭い路地裏を通る一行。すると正面から浮浪者が一人近付いてきた。酔っているのか足取りも悪く、シャーリィ達に気付いていないように思えた。
だが、先頭を進むカテリナは浮浪者の袖にある光を察知する。
カテリナはリボルバーを抜くと躊躇無く浮浪者の頭を撃ち抜いた。
「シスター!?」
「ーっ!走れ走れぇ!」
驚くシャーリィをベルモンドが小脇に抱え、同時に皆が一斉に走り始める。
それを合図にするように、激しい銃声と共に周囲の建物の窓や屋根から銃弾の雨が降り注ぐ。
「殺せ殺せ殺せぇ!逃がすなぁ!」
「一人につき金貨十枚だ!」
「何で十六番街で襲われるんだよ!?オータムリゾートは!?」
「路地裏まで手を回すのは無理だろ!とにかく止まるなよ!」
銃弾の雨が降り注ぐ中、一行は狭い路地裏を駆ける。発砲音は途絶えることがなく、中には連射音まで響いていた。
「はははっ!殺せぇ!死ねぇ!ぐぎゃっ!?」
屋根から銃撃していた男をカテリナが背負っていたAK47で撃ち落とす。
落下した死体の持っていた銃を、ベルモンドに抱えられたままのシャーリィがすれ違い様に拾い上げた。
「おいシャーリィ!?」
ルイスの言葉を気にせず、シャーリィは銃をまじまじと観察する。
「MP40……シスターが使っていたものと同じ。少数生産が始まったと聞いていましたが……」
ハヤト=ライデンが利益コスト度外視でMP40を試作して十年あまり。
帝室や貴族の妨害を受けながらもロザリア帝国の工業技術を少しずつ向上させ、ようやく少数ではあるがサブマシンガンの生産までこぎ着けた。
最も、オリジナルに比べて速射速度、射程等あらゆる性能で劣る。
これはオリジナルが生産された当時の地球のドイツに比べて、ロザリア帝国の工業技術力が劣るためである。
「自動小銃を保有する。決して安くはない筈ですが」
「おらぁあっ!」
脇道から飛び出してきた男がこん棒を振りかぶる。カテリナはそれをAK47で払い、そしてそのまま蹴り倒した。
「うがっ!?げっ!?」
倒れた男にエーリカが剣を突き立て、そのまま捨て置いて走る。倒れた男の腕にある刺青を見て、ベルモンドは表情を険しくする。
「今の刺青、血塗られた戦旗の残党か!厄介な奴らがこんな場所に!」
「ベル、ここから二ブロック先にオータムリゾートの事務所があります」
「オータムリゾートを巻き込むつもりか?お嬢」
「多勢に無勢ですからね。お義姉様に借りを作ることになりますが」
「シャーリィが無事ならば問題はありません。リースリットには私からも伝えましょう」
「お手柔らかに」
「シャーリィ危ねぇ!」
ルイスが後ろから飛び付いてシャーリィを倒し、その直後二人の上を銃弾が飛び抜ける。
「撃てーっ!」
「てめえらのせいで俺達はこの様だ!覚悟しやがれ!」
凄まじい銃弾の雨にシャーリィ達は乱雑に放置された箱などの陰に身を隠す。
「逆恨みじゃねぇか!な避けねぇ奴らだ!」
「吠えるなよ、ルイ。あいつらに後は無いんだ」
飛び出そうとしたルイスをベルモンドが押し留める。
「これでは身動きが……いや、反対側から行きますか」
「それしかありませんね。シャーリィお嬢様、いざとなれば私達を盾にしてくださいね」
「嫌です。皆で帰りましょう」
シャーリィ達は応戦しながら別のルートを選ぶ。
「予定通りだな、ちゃんと目的地へ誘い込めよ。こんなチャンスは二度と無いからな」
「分かってるよ、旦那。あいつらだって後がないんだ。しっかり働いてくれるさ」
シャーリィ達を見つめるスネーク・アイが居るとも知らずに。