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しらすのお部屋
病室。
永夢はベッドに横たわっていた。
体の奥から、じわじわと重さが広がっていく。
抗がん剤の影響だ。
数日前から始まった化学療法。
その副作用が、確実に体を蝕んでいた。
手足に力が入らない。
息を吸うたび、胸の奥が重くなる。
「……っ……は……」
浅い呼吸が漏れる。
体を起こそうとするが、腕が途中で落ちた。
「……ぅ……」
小さな呻きがこぼれる。
吐き気が込み上げる。
胃の奥がひっくり返るような感覚。
「……は……っ……」
腕が鉛のように重い。
指先が思うように動かない。
かろうじてシーツを掴む。
そのとき。
指に、細いものが絡んだ。
永夢はぼんやりとそれを見る。
黒い髪。
自分の髪だった。
抗がん剤の影響で、少しずつ抜け始めている。
枕の上にも、数本落ちていた。
「……そっか……」
弱く息が漏れる。
だが次の瞬間。
胸が強く詰まった。
「……っ……は……!」
呼吸が乱れる。
肩が小刻みに揺れる。
体が震える。
「……う……っ……」
息が苦しい。
空気が足りない。
その時。
「永夢……!」
声がした。
瞬間。
永夢の瞳が赤く光る。
次の瞬間。
体の中からパラドが姿を現した。
赤い光は一瞬で消える。
永夢の瞳はすぐ元の色に戻った。
パラドはベッドの横に立つ。
そして――
永夢の様子を見て、眉を強く寄せた。
「……おい」
永夢の呼吸は荒い。
「……は……っ……」
肩が上下している。
指先も震えていた。
パラドは一瞬、枕を見る。
そこに落ちている髪。
「おい髪が、…」
そして永夢の青白い顔。
永夢はかすかに目を動かす。
「……パ……ラ……ド……」
声はほとんど空気だった。
息が整わない。
「……くる……し……」
言葉が途切れる。
体がびくっと震える。
「……っ……ぅ……」
――その時。
ツー、と。
赤い雫が、永夢の顔を伝う。
パラドの視線が止まる。
「……?」
ゆっくりと、永夢の顔へ向く。
鼻から、血が流れていた。
細く、だが確実に。
「おい……」
一瞬、言葉が止まる。
「おま、血が……」
永夢は反応が鈍い。
呼吸は荒いまま。
ぽた、ぽた、と。
血が落ち続ける。
パラドの顔色が変わる。
普段の余裕が消えた。
「おい」
ベッドに手をつく。
永夢の肩を支える。
「しっかりしろ」
パラドはとっさに手を伸ばす。
流れてくる血を、掌で受け止めた。
温かい感触。
指の隙間から、赤が零れる。
「止まれよ……」
低く、焦りを滲ませる。
だが――
血は止まらない。
掌に溜まり、また溢れ、落ちていく。
「なんだよ、これ……」
わずかに声が揺れる。
そして、決断する。
「待ってろ」
低く言う。
「ブレイブを呼んでくる」
紫色の光が弾ける。
パラドの姿が消えた。
――ワープ。
CR。
「パラド!?何故ここに……!」
飛彩が振り向く。
だがパラドの顔を見て、表情が変わる。
――その手。
赤い血が、滴っていた。
「……お前、その血はどうした!?」
パラドは一瞬だけ自分の手を見る。
だがすぐ顔を上げる。
「……永夢が苦しんでる!」
声に焦りが混じっていた。
「とにかく様子がおかしいんだ!」
飛彩の目が鋭く細まる。
「状況を言え」
パラドは、声を荒らげて答える。
「鼻から血が止まらない。これもそれだ!」
「息も苦しそうだ」
「震えてる」
飛彩の表情がわずかに変わる。
飛彩はすぐ立ち上がる。
「分かった」
「俺が行く」
その瞬間。
パラドはもう消えていた。
再びワープした後だった。
病室。
永夢はまだ浅く息をしていた。
「……は……っ……」
胸が上下する。
「……ぅ……」
パラドはすぐ側に戻る。
その時。
ぽた、と。
赤い雫が、シーツに落ち続けている。
戻ってきた今も――
鼻血は止まっていない。
細い流れが、途切れることなく続いている。
パラドの手にも、まだ血が残っていた。
「永夢」
低く言う。
「もうすぐ来る」
永夢はうっすら目を開ける。
「大丈夫だ」
パラドは言う。
「すぐ何とかしてくれるはずだ」
その時――
廊下から足音。
ドアが勢いよく開く。
「小児科医!」
飛彩が病室に駆け込んできた。
ベッドの上。
永夢は浅く息をしている。
「……は……っ……」
胸が上下し、肩が小刻みに震えていた。
顔色は真っ青だ。
パラドが永夢の体を支えている。
――ぽた。
シーツに、赤い雫が落ちた。
飛彩の視線が止まる。
鼻から流れる血。
しかも――止まっていない。
量も、想像以上だった。
「……っ」
一瞬だけ、飛彩の目が鋭く細まる。
(……多い)
だがすぐに表情を戻す。
「ブレイブ!」
パラドが言う。
「さっきからずっとこうだ!」
飛彩はすぐベッドの横に立つ。
永夢の額に手を当て、呼吸を確認する。
次に点滴ラインを見る。
抗がん剤がゆっくり流れていた。
「……抗がん剤の急性副作用だ」
飛彩は低く言う。
「吐き気と強い倦怠感」
「呼吸が浅くなることもある」
永夢は苦しそうに息を吐く。
「……っ……う……」
体が小さく震える。
吐き気が込み上げてきた。
「……っ……は……」
飛彩がすぐ言う。
「パラド」
「小児科医の体を起こせ」
パラドは一瞬だけ飛彩を見る。
だがすぐ頷く。
永夢の背中に腕を回し、ゆっくり体を起こした。
「永夢」
パラドが低く呼ぶ。
「大丈夫だ」
永夢はほとんど力が入らないまま、パラドに体を預ける。
「……っ……」
吐き気がこみ上げる。
「……ぅ……」
飛彩はすぐ薬剤を取り出す。
「吐き気止めを入れる」
点滴のポートに薬を注入する。
その間も、永夢の呼吸は荒い。
「……は……っ……」
パラドが眉を寄せる。
「まだ苦しそうだぞ」
飛彩は冷静に答える。
「すぐ効く」
そして点滴の流量を確認する。
少しだけ速度を下げる。
「抗がん剤の量を調整する」
――呼吸はこれでいい。
主因は抗がん剤の副作用。
飛彩の視線が、永夢の顔に向く。
まだ、血が流れている。
ぽた、と。
シーツに赤が落ちた。
(……止まっていない)
飛彩はすぐポケットからガーゼを取り出す。
「パラド」
「何だ」
「頭を少し前に倒せ」
パラドは一瞬だけ怪訝な顔をする。
だがすぐに従い、永夢の体を支えたまま前傾させる。
飛彩は鼻にガーゼを当てる。
「圧迫する」
指で軽く押さえる。
「しばらくこのままにしろ」
パラドは頷く。
だが――
数秒後。
ガーゼに、じわりと赤が滲む。
さらに。
じわ、じわ、と広がっていく。
「……っ」
パラドの表情が強張る。
「止まってねぇぞ」
飛彩の目が細くなる。
(……量が多い)
通常の鼻出血なら。
しばらくすればこれで止まる。
ー数分後
赤く染ったガーゼを外すと――
血はまだ流れていた。
「……おかしい」
低く呟く。
一瞬の思考。
そして。
かすれた呼吸の中、永夢がぼそりと呟く。
「……へいき、です……」
ほんのわずかに、息を整えようとする。
「鼻血、くらい……」
言葉が途切れる。
「……よく、ある……ので……」
パラドの動きが止まる。
一拍。
「……おい」
低い声。
「全然平気じゃねえだろ」
間髪入れず、言い切る。
「止まってから言え」
だが。
飛彩の視線は、モニターではなかった。
飛彩の目が、わずかに細くなる。
(……おかしい)
抗がん剤の副作用で、体調が悪いのは説明がつく。
だが――
(鼻血は、違う)
抗がん剤で、ここまでの出血は起きない。
今は治療中だ。
白血病細胞も、減少しているはず。
それなのに――
(なぜ止まらない)
飛彩の視線が、鋭くなる。
「……ちょっと採血させてくれ」
飛彩は手早く手袋を装着する。
静かに、永夢の腕を支えるパラドに視線を送る。
パラドはうなずき、腕を軽く支えた。
針が腕に入る。
血液が採取されていく。
モニターの電子音が、規則正しく響く。
飛彩は即座に検査装置を起動する。
採取した血液をかけた。
数分後。
結果が、スクリーンに表示される。
飛彩の眉が、ピクリと動く。
(……白血病細胞が減っていない……?)
一瞬の沈黙。
いや――
(減っているどころか……)
視線が鋭くなる。
(増えている……?)
あり得ない。
化学療法を続ければ、白血病細胞は減少するはずだ。
だが、永夢は違う。
抗がん剤の影響で、髪は抜けている。
体力も、確実に削られている。
それなのに――
白血病の症状だけが、強く出続けている。
飛彩の視線が、ぐったりとした永夢へ向く。
(……やはり、これは普通の白血病ではない)
頭の中に、あの存在の名が浮かぶ。
「……レウコイド」
飛彩は小さく、しかし強く呟いた。
しばらくして。
永夢の呼吸は、落ち着いていた。
浅いが、さっきよりは安定している。
パラドはベッドの横に座る。
腕を組んだまま、永夢を見ていた。
永夢は目を閉じている。
体力が限界なのか、
ほとんど眠るように動かない。
飛彩はモニターを確認し、静かに立ち上がった。
「……パラド」
「何だ」
「ここを離れるな」
パラドは少し眉を上げる。
「分かってる」
飛彩はそれだけ聞くと、病室を出た。