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「華ちゃん、ちょっと僕と話そうか。」社長は華ちゃんの前まで来て目線を合わせるようにしゃがんだ。
華ちゃんは少し心配気に頷いた。社長は私に微笑み、社長が書いたであろう資料を私に渡した。
社長からもらった資料を開いた。
いつもどうりの社長の字。字は楷書でつなげ文字になってるけど全然読めるしどちらかというと綺麗だ。力強い字だけど一画一画に心がこもってるような字。私が社長のことを格好良いって思えるのはココだけ。いつもの態度とはギャップ萌えすぎる。そんな社長は声帯負傷者の華ちゃんと二人で話していた。
僕は華ちゃんの前の机に一枚の白紙をおいた。
「華ちゃんが思ったこと全部この紙に書いてくれる?」華ちゃんは小さく頷いた。華ちゃんは7歳、字が書けるというものの難しいよな…。これも患者にとって苦痛になるかもしれないな、ストレスを与えないように支えながら書かせないと。
三角形の鉛筆を不格好な持ち方でゆっくりとゆっくりと書いていく。華ちゃんが一段落ついて鉛筆の手が止まったら僕は優しく字を書けたことを褒めて、また違う質問をしてみた。それを二度三度繰り返したところだった。僕の一つの質問で華ちゃんの手は止まった。そして、僕の方をじっと、じっと見ている。その不安げな表情は、出会ったときよりかはマシになったが、まだ僕にはちゃんと緊張がほぐれていないような感じだった。
華ちゃんは何も言えない。何も書こうともしない。何も考えてもいなかった。不安げな表情からそれが理解できた。僕はまた、優しく声をかけた。
「華ちゃんは、お母さんのこと好き?」
華ちゃんは大きく首を動かし頷いた。それに少し微笑んで。そんな華ちゃんに僕はまた質問した。
「華ちゃん、優しいお姉さんになれるかな?」
華ちゃんはさっきの態度とは裏腹にくすんだ顔をしてゆっくりと首を振った。そして、華ちゃんの鉛筆を持った手は動いていた。
“はなは わるいこだから なれないの” 今までの字より小さくて弱々しく、ひらがなが風邪を引いたかのようだった。
「なんで華ちゃんは、悪い子なのかな?」同じように重たくなった華ちゃんの右腕が動いていく。
“はなは ようし だから”
「養子だからお姉ちゃんになるのが嫌だった?」
こくん、と効果音が着くくらい華ちゃんは頷いた。とても暗い顔をして。心配そうに。もう僕から質問することはなかった。でも華ちゃんの手はまだ動いていた。
“ いもうとが できたら はな きらわれちゃうもん ”
白い紙には小さな丸の水たまりができていた。声にならない声を出して。込み上げてくる思いを必死に隠したこの時間は取り戻すことも治ることもない。子どもは怒られたり、嫌われたりすることを嫌う。大切で大好きな人に嫌われたくないからだろう。だから、声に思っていることを出せなくなってしまう。蓄積した思いは言えることもできずにひたすらに苦しんでしまうのだ。
僕は華ちゃんの小さな頭を優しく貴重品を扱うように撫でた。
それから僕は米田くんに真実を伝え、母親の元に行き、彼女にも真実を伝えた。彼女は驚くような表情をしていたが、すぐに華ちゃんのもとに行き、大きなお腹も忘れたかのように抱きついた。“ごめんね。華。”何度もこのような言葉が続いた。母親も泣いていたが、華ちゃんも大好きなお母さんを抱きしめ泣いていた。
人間は苦しい生き物だ。動物のようにしたいことも何もかもというふうにはできない。それの手助けをする。それが僕達、声帯精神科の役割だ。
母親と“ホント”がわかりあえた華ちゃんは明るく幸せそうだった。まだ声はでないけれど、あの調子じゃ1日で出るようになるだろう。お別れのとき、母親は何度も何度も同じようにお辞儀をして、華ちゃんはそれを真似しないで大きく手を振っていた。彼女たちは本当に心の意味で通じあえただろうか。これからの未来と関係は僕達には知るよしがない。でも、彼女たちには幸せになってほしい。
社長は澄みきった表情で華ちゃんに手を振っていた。私も社長みたいに頑張らないと、そして従業員も増やして、国がちゃんと声帯精神科は必要って思われたら、給料も上がるかもしれないし。
「よし。そろそろ帰ろうか。」
「はいッ!」
私達の人生はまだまだこれから始まる。私はまだこれからも声帯を負傷した人々から救って行きたいと思う。
これは私の人生の物語。
この物語はフィクションです。20252/7 30いいね ありがとうございます!!