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みら

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次の日。
昼前。
九人で使っている部屋には、阿部と深澤がいた。
阿部は座椅子にもたれて、夢から持ち帰ったノートをぱらぱらとめくっている。
深澤は隣で寝転びながらテレビを見ていた。
何か面白い番組を見ているわけでもない。
ただついているだけ。
「暇だね」
阿部が言う。
「いいじゃん」
深澤は動かない。
「休みなんだから」
「ふっか、旅館来てからそればっかり言ってない?」
「だって本当に休みだもん」
「満喫してるね」
「あべちゃんも慣れな」
「努力します」
「努力しなくていいのよ」
言われて。
阿部は笑った。
少し離れたところでは、康二がスマホを眺めている。
現実で撮った写真。
昔のライブ。
楽屋。
移動中。
九人で食事へ行った時。
阿部が覗く。
「また写真見てるの?」
「うん」
康二は画面をスクロールする。
「夢の写真ないからなあ」
「まだ言ってる」
「そら言うよ」
康二が少し口を尖らせた。
「めっちゃ撮ったもん」
海。
キャンプ。
温泉。
カフェ。
魔王ソファ。
最後の一週間。
康二は夢の中でも、ずっとカメラを持っていた。
阿部が笑っている写真だけではない。
ノートを書いている横顔。
疲れてぼんやりしているところ。
目黒とご飯を食べているところ。
最後には。
「その時のあべちゃんを撮る」
と言っていた。
「俺も見たかったけどね」
阿部が言う。
「写真集」
「やろ?」
「結構ちゃんとしてたし」
「せやねん!」
康二が勢いよく顔を上げる。
「あれほんま持って帰りたかった!」
深澤が寝転んだまま言う。
「冷凍庫探した?」
「しょっぴーに止められた」
「まだ探そうとしてたんだ」
阿部が笑った。
その時。
襖が開く。
目黒だった。
「あべちゃん、何飲む?」
「お茶」
「ふっかさんは?」
「俺もお茶で」
「康二は?」
「水」
目黒は部屋の隅にある冷蔵庫へ向かった。
扉を開ける。
そして。
止まった。
「……え?」
阿部が顔を上げる。
「何?」
目黒は返事をしない。
冷蔵庫の中をじっと見ている。
深澤まで身体を起こした。
「どうした?」
目黒が。
ゆっくり中へ手を伸ばす。
「またある」
その言葉で。
全員が察した。
阿部が立ち上がる。
「嘘」
目黒が冷蔵庫から取り出したのは。
分厚い。
大きなフォトアルバムだった。
当然。
冷たい。
康二が一番先に立ち上がった。
「……それ」
声が震える。
目黒はアルバムと。
その上に乗っていた小さなメモを持ってくる。
「康二」
康二が受け取る。
「冷たっ……」
「やっぱり冷蔵庫なんだ」
深澤が笑う。
阿部はもう。
何となく分かっていた。
「開いてみて」
康二が。
ゆっくり表紙を開く。
一ページ目。
全員が息を止めた。
カフェ。
エプロン姿の阿部。
何も知らなかった頃。
少し緊張した顔で。
カウンターの向こうに立っている。
次のページ。
渡辺と食事をしている阿部。
佐久間と本を見ている阿部。
ラウールへ数学を教えている阿部。
目黒と話をしている阿部。
夢の国。
温泉。
卓球。
九人の集合写真。
「……ほんまや」
康二の声が掠れる。
ページをめくる。
海。
水を掛け合う九人。
夕焼け。
キャンプの夜。
料理をしているところ。
花火。
ゲーム。
魔王ソファで全員が好き勝手に過ごしている写真。
最後の一週間。
阿部がノートを読む横顔。
笑っていない写真もある。
疲れている顔も。
真剣な顔も。
全部。
康二が撮ったものだった。
「ある……」
康二の目から。
ぽろっと涙が落ちた。
「全部あるやん」
阿部が笑う。
「康二」
「だって」
康二は泣きながらページをめくる。
「もうないと思ってた」
「うん」
「俺、めっちゃ撮ったのに」
「うん」
「全部夢やから、俺しか覚えてへん写真になると思ってた」
阿部は。
康二の隣に座る。
一緒にアルバムを見る。
最後の方には。
カフェで撮った九人の写真。
そして。
夢の世界で最後に作った写真集にも入っていた。
阿部と目黒が手を繋ぎ。
少し前を歩く七人の後ろ姿を追っている写真。
康二が。
指でそっと触れる。
「これ」
阿部も覚えている。
写真の下。
小さく書いてある言葉。
『帰る場所がある。』
康二は。
完全に泣いた。
「よかった……」
深澤が笑いながらティッシュを渡す。
「泣きすぎ」
「だって嬉しいねん!」
「分かるけど」
康二はティッシュで目元を拭きながらも。
アルバムを離さない。
目黒が。
そういえば、とメモを見る。
「あ」
「何?」
阿部が聞く。
目黒が読み上げる。
「『あべちゃん可愛かった。魔王より。』」
沈黙。
阿部の顔から笑みが消える。
深澤が吹き出す。
康二も泣きながら笑い始めた。
「写真全部見たんや!」
「最悪!」
「でも送ってくれたやん」
「ありがたいけど!」
阿部はメモを奪う。
「なんで毎回一言余計なの?」
目黒がアルバムの一枚を見る。
「でも可愛いよ」
「めめまで乗らないで」
「本当のことだし」
「そういう問題じゃない」
深澤が笑う。
「魔王、あべちゃん推しになってない?」
「嫌だよ!」
康二は涙を拭きながら。
もう一度アルバムを抱えた。
「魔王ありがとう!」
「康二は許すんだ」
「これは許す!」
「俺のノート勝手に読んだんだけど」
「それとこれは別」
「都合いいなあ」
でも。
阿部も笑っていた。
夢の中の時間が。
また一つ。
形になって現実へ来た。
昼食のあと。
九人はまた広い部屋に集まっていた。
康二は相変わらずアルバムを手放さない。
佐久間は。
さっきから何度もページを戻している。
「あ、この写真ほしい!」
「アルバムやから外せへんで」
「現像できないの?」
「できるんちゃう?」
「じゃあ帰ったらして!」
「はいはい」
そんなやり取りをしているところへ。
マネージャーが入ってきた。
「失礼します」
全員が顔を上げる。
マネージャーは。
少し申し訳なさそうな顔をしていた。
「本当は、休んでる間に仕事の話はしたくないんですが」
岩本が聞く。
「何かあった?」
「急ぎではないです」
マネージャーはそう前置きして。
手に持っていた資料を見る。
「ただ、これは早めに本人に見せた方がいいと思って」
「誰?」
深澤が聞く。
マネージャーの視線が。
佐久間へ向いた。
「佐久間くん」
「俺?」
「はい」
資料を差し出す。
佐久間は少し不思議そうに受け取った。
「何?」
表紙を見る。
そして。
動きが止まった。
「……え?」
阿部が隣から覗く。
見覚えのあるタイトル。
「……嘘」
佐久間が。
ゆっくり阿部を見る。
阿部も。
資料を見る。
夢の中で。
二人で夢中になっていたアニメ。
イベントへ行った。
グッズを買った。
コラボカフェへ行った。
二人で何度も一気見した。
夢の最後にも、
「続きは現実で見る」
と約束した。
その作品だった。
でも。
現実では。
アニメになっていない。
マネージャーが説明する。
「今度アニメ化が決まった作品です」
佐久間は資料から目を離せない。
「……アニメ化?」
「はい。第一期」
阿部と佐久間が。
同時に顔を見合わせる。
「第一期……」
夢では。
何期も見た。
イベントにも行った。
前年のグッズまで阿部は覚えていた。
その作品が。
今から。
始まる。
マネージャーは続けた。
「制作側から、佐久間くんに声優として出演してほしいとオファーが来ています」
今度こそ。
佐久間が完全に固まった。
「……俺?」
「はい」
「このアニメに?」
「そうです」
「第一期から?」
「はい」
部屋が静かになる。
康二が。
アルバムを抱えたまま呟く。
「夢のやつやん」
ラウールも。
「これから始まるんだ」
深澤が阿部を見る。
「あべちゃん、夢で全部見てたよね?」
「……見た」
「内容覚えてる?」
「かなり」
佐久間が勢いよく阿部を見る。
「あべちゃん!」
「何」
「ネタバレ禁止!」
「そこ!?」
全員が笑った。
佐久間は資料を胸に抱える。
笑っている。
でも。
目が少し潤んでいた。
「俺さ」
阿部が見る。
「夢であべちゃんとイベント行った時」
少しだけ声を落とす。
「帰ったら、また行こうって約束したじゃん」
「うん」
「これ」
資料を見る。
「俺、出るかもしれないんだ」
阿部も。
少し笑った。
「うん」
「そしたら今度」
佐久間の笑顔が大きくなる。
「俺、客席じゃなくて」
言葉が詰まる。
マネージャーが慌てて補足する。
「まだ受けると決めなくて大丈夫ですよ。活動休止中ですし、返事も待ってもらえます」
「やる」
即答だった。
「佐久間」
岩本が笑う。
「一応考えろよ」
「考えた!」
「三秒」
「やりたい!」
佐久間は資料を握ったまま。
今度は阿部を見る。
「あべちゃん」
「うん?」
「イベント来てね」
阿部は笑った。
夢の中で。
同じ約束をした。
でも。
今度は違う。
まだ何も始まっていない。
これから。
第一期が作られる。
佐久間がそこに声を吹き込む。
その先に。
夢で見たようなイベントが本当にあるかもしれない。
阿部は頷いた。
「行く」
「絶対?」
「絶対」
「同じ写真も撮る?」
「撮る」
康二がすぐに手を挙げる。
「俺撮るで!」
佐久間が笑う。
「康二も来る?」
「行ってええなら行く!」
ラウールまで。
「俺も見たい」
渡辺が呆れたように言う。
「もう全員で行けば?」
宮舘が。
「それもいいかもね」
と笑う。
阿部は。
目の前の資料を見る。
夢の中で。
終わってしまうと思っていたもの。
でも。
もしかしたら。
あれは終わりではなく。
これから現実で始まるものを。
少しだけ先に見ていたのかもしれない。
夢から届いた写真。
これから始まるアニメ。
現実へ帰ってきてから。
少しずつ。
夢の続きを見つけている。
阿部は。
膝の上に置いたノートへ目を落とした。
『帰ったら、続きを書く。』
その言葉が。
また一つ。
本当になろうとしていた。
旅館に来てから一週間が経った。
その日の午後。
九人が広い部屋に集まっていると、マネージャーがやってきた。
「話があります」
岩本がテレビを消す。
阿部も目黒の隣に座り直した。
女優が持っていた刃物。
これまでの付きまとい。
加工された写真。
阿部と目黒の自宅や行動を調べていたこと。
必要な確認はかなり進んだらしい。
今後、女優本人が阿部たちへ直接接触できないよう、事務所と警察側でも対応していくことになった。
「なので」
マネージャーが九人を見る。
「少なくとも、みんなが自分たちで彼女に対応する必要はもうありません」
阿部はその言葉を聞いて。
少しだけ肩の力を抜いた。
「……俺らが、もう何とかしなくていいんですね」
「はい」
岩本も隣で頷く。
「後は任せよう」
阿部は小さく頷いた。
「うん」
あの日。
ドアホン越しに話した。
警察が来るまで待った。
自分でできることは、もうやった。
ここから先まで。
全部、自分で背負わなくていい。
「それと」
マネージャーが続ける。
「安全面もある程度整いました。まだ活動再開の話は先ですが、旅館からは出られます」
佐久間が顔を上げる。
「帰れる?」
「それぞれ安全な場所へ、という形です」
阿部と目黒は顔を見合わせた。
元の家には戻らない。
それはもう二人で決めている。
しばらくは事務所が用意した仮住居へ移り、そこから新しい家を探す予定だった。
「じゃあ」
深澤が伸びをする。
「旅館生活も終わり?」
「そうですね」
佐久間が。
「ちょっと寂しい」
と言う。
渡辺がすぐに見る。
「最初大浴場入れないって文句言ってたじゃん」
「それとこれは別!」
康二も笑う。
「結構楽しかったもんな」
ラウールが。
「休みに来たわけじゃないけどね」
と一応訂正する。
阿部も笑った。
理由は最悪だった。
でも。
九人で休めた。
食べた。
寝た。
何もしなかった。
夢の中で覚えたことを。
ちゃんと現実でもできた場所だった。
翌日。
旅館を出る前に。
康二が言った。
「写真撮らへん?」
「ここで?」
阿部が聞く。
「うん」
康二は。
夢から戻ってきた分厚いアルバムを持っている。
「夢の写真はこれにあるやろ」
表紙を軽く叩く。
「せやから今度は」
スマホを構えた。
「現実の続き、一枚目」
佐久間がすぐに集まる。
「撮ろ!」
「俺真ん中!」
「なんで?」
「いいじゃん!」
結局。
いつものように少し揉めながら並ぶ。
阿部は目黒の隣。
反対側には佐久間。
康二がタイマーをセットして走ってくる。
「いくで!」
シャッターが切れた。
確認すると。
全員ちゃんと入っていた。
完璧な写真ではない。
佐久間は少し笑いすぎている。
渡辺は誰かに押されて不満そう。
深澤は岩本に寄りかかっている。
でも。
康二は満足そうに笑った。
「これからまた増やそ」
阿部も画面を見る。
「うん」
今度は。
消えない写真。
現実の時間を。
ここからまた残していけばいい。
コメント
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みぅです🌙 第63話、読み終わりました。 夢で撮った写真がアルバムになって現実に届いたところ、すごくぐっときました…「帰る場所がある」って言葉、康二が泣きながらアルバムを抱えるシーンで私も目頭熱くなったよ。それに、佐久間くんに声優オファーが来て、今度は現実で同じ作品の新しい時間が始まるっていう流れ、夢の続きが少しずつ現実になる感じがじんわりと温かいです。 最後の集合写真、「現実の続き、一枚目」って康二が言うところがすごく好き。消えない写真、これからも増やしていってほしいな。みらさんの描く優しい世界観に今日も癒されました🧡