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王宮で、リチャードはカルドと向き合っていた。
「……後は、お父上の名誉の回復です」
「護国卿には、感謝しております」
静かな声だった。
「実は――」
リチャードは、少しだけ笑う。
「十一歳になったとき、
私も父の手紙を受け取りました」
「そこにはこう書かれていました」
――愚かに滅ぶ父を許せ。
王冠は、真にその力を持つ者のもとへ行くだろう。
カルドは目を伏せた。
「……お父上は、あなたが王位につくことを見抜いておられたのですね」
リチャードは、首を横に振る。
「違います」
「父の王冠は、最後の戦場で失われました」
「ヘンリー王は、新たに作り直したそうです」
「偽物ではないでしょうが……」
「――偽物です」
カルドは、静かに言い切った。
「では、本物はどこに?」
あの日の戦場。
炎と泥と血。
カルドは、言葉を失う。
沈黙のあと、リチャードは言った。
「私は、あなたが王になるべきだと思っています」
「父が愛し、後を託したあなたに」
カルドの脳裏に、すべてがよみがえる。
港。
戦場。
奪ったもの、失ったもの。
そして――
「……私が十一歳の頃は」
ゆっくりと言葉を絞り出す。
「盗んだパンを、どこに隠すか」
「毎日そればかり考えて、生きていました」
リチャードは、静かにうなずく。
「その歳のあなたに、重いものをを背負わせようとしていたのですね」
「後のことは――」
カルドは、顔を上げた。
「すべて、このカルドにお任せください」
「……ありがとう」
「王冠は、あなたのもとに来たのではなく」
リチャードは、微笑む。
「あなたを選んだのでしょう」
リチャード王の在位は、三か月。
短く、しかし確かに世界を変えた。
王位継承法は改められ、
血だけでなく、意志による継承が認められた。
そして――
カルドは、リチャードの養子となる。
石造りの大聖堂。
朝の光が、静かに差し込んでいた。
扉が開く。
ざわめきが、消える。
少年が歩いてくる。
幼さを残しながら、
その歩みは、まっすぐだった。
その先に、一人の男。
護国卿――カルド。
誰よりも静かに、
誰よりもこの場を支配していた。
少年は立ち止まり、深く頭を下げる。
顔を上げる。
その目には、不安と、誇り。
司祭が進み出る。
「ここに、新たなる王を戴く」
聖油が、額に触れる。
鐘が鳴る。
低く、重く、世界を震わせるように。
王冠が運ばれる。
古びたそれを見て、
カルドは、わずかに目を細めた。
少年が、それを手に取る。
ほんの一瞬――
時が止まる。
そして。
王冠は、静かに掲げられ――
カルドの頭上に置かれた。
「エスカミオ王国国王――」
司祭の声が響く。
「カルド王、即位!」
静寂。
そして――
歓声。
誰もがひざまずく。
貴族も、兵も、民も。
その中心で。
少年と――
王が、並んで立っていた。
商王となったカルドは、ある日こう言い出した。
「鎖につながれたヘンリー王に、小便をかける俺の像を――
セントラル広場に建てる」
重臣たちは、一斉に顔をしかめた。
「……品がありません」
「王としてあるまじき所業かと」
カルドは肩をすくめる。
「冗談と本気をあわせて生きろと、教えられてるんでね」
軽く言い放ったが――
その計画は、結局却下された。
「そのかわり……」
カルドは、にんまりと笑う。
その顔を見た瞬間、重臣たちは悟った。
(しまった――またやられた)
彼が選んだのは、港町の小高い丘だった。
かつて、リチャード王の屋敷があった場所。
そこに、ひとつの教会と、ひとつの墓が建てられた。
質素な墓。
だが、誰よりも重い場所。
墓碑銘は、カルド自らの手で刻まれた。
「国のすべての貧しき者に、
光ある道があることを教えてくれた
偉大なる王、ここに眠る」
やがてカルド王は崩御し、
盛大な国葬が執り行われた。
王都の教会墓地に、
歴代の王たちと並び、葬られる――
はずだった。
だが、その直後から。
奇妙な噂が、国中に広まる。
「カルド王の墓は、空だ」
「本当の遺体は、別の場所にある」
誰が言い出したのかも分からない。
だが、その噂は消えなかった。
港町の、小高い丘。
リチャード王の墓の、その背後。
ひっそりと――
新しい土が、ひとつ盛り上がっている。
名もなく、印もない、小さな墓。
それが、誰のものか。
知る者はいない。
ただ――
カルド王が、その“権利”を
最後に少しだけ悪戯でせしめたのだと、
そう囁かれている。
fin
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