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#ワンナイトラブ
「……よし。これで、大体揃ったかな」
木曜日の定時後
私は高橋先輩と一緒に、駅ビルの中にある大型スーパーに来ていた。
週末のバーベキュー。
美佐子さんの「監視」に対抗するため
私たちは「二人で買い出し担当に立候補する」という作戦に出たのだ。
「結衣、こっち。お肉はここのが美味しいんだ」
先輩が、ごく自然に私の腕を引く。
平日の夜、スーパーのカートを押しながら並んで歩く。
その光景は、端から見ればどこにでもいる幸せなカップルそのもので。
「……なんか、不思議ですね。先輩とこうして買い物してるの」
「そうだね。…なんだか、新婚さんみたいじゃない?」
先輩がいたずらっぽく笑って、私の顔を覗き込む。
「し、新婚……っ!」
不意打ちの言葉に、私は手に取った玉ねぎを落としそうになった。
「あはは、冗談。でも、美佐子さんの前ではこれくらいの空気感が必要だからさ。…あ、結衣。これ、どっちがいいと思う?」
先輩が二種類のドレッシングを差し出してくる。
「えっと、こっちのほうが先輩、好きそうかなって……」
「お、正解。よく見てるね。……嬉しいな」
先輩は満足そうに目を細めると、ドレッシングをカゴに入れた。
「よく見てる」なんて。
ずっと片思いしていた私からすれば、先輩の好みを知っているのは当たり前だ。
でも、それを先輩自身に褒められると、隠していた気持ちを見透かされたようで胸が痛い。
買い出しの最後、レジに並んでいる時だった。
「あ、高橋く~ん!」
背後から、聞き覚えのある鋭い声が響いた。
振り返ると、そこには不敵な笑みを浮かべた美佐子さんが、買い物カゴを手に立っていた。
「あらあら、仲良く買い出し? 準備万端ね」
「美佐子さん。奇遇ですね」
先輩の声が、一瞬で「演技」のトーンに切り替わる。
美佐子さんは私たちのカゴを値踏みするように眺めると、嫌味ったらしく呟いた。
「随分と家庭的なものばかりね。……でも、田中さん。徹さんはね、野菜の切り方一つにもうるさいのよ? バーベキューの時、ガッカリされないように気をつけることね」
「……あ、はい!頑張ります」
私が縮こまって答えると、先輩がスッと私の腰に手を回し、自分の方へ引き寄せた。
「大丈夫ですよ。結衣が作ってくれるものなら、俺は何でも美味しくいただきますから」
腰に触れる手のひらの熱。
そして、初めて「美佐子さんの前で」呼ばれた名前。
美佐子さんは「チッ」と舌打ちをして去っていったけれど
私はもう、その後のレジのやり取りを覚えていなかった。
スーパーの外
夜風に当たりながら、先輩がポツリと漏らした。
「……野菜の切り方、そんなにうるさくないから。…結衣が怪我しないか、それだけが心配」
「……先輩」
「当日、楽しみにしてるよ」
また、呼び捨て。
街灯の下、カゴを持つ先輩の反対の手が、私の手に触れそうで触れない距離で揺れている。
本物になりたい。
そう願う私の心を見抜くように、先輩の視線が一瞬だけ熱く絡み合った。
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