自分の意志とは裏腹に、鈴子はこの会長の秘書業務を一年もするとすっかり気に入ってしまっていた
会長室オフィスの電話はひっきりなしに鳴り続け、かけてくる先方の名前がまた凄かった
企業家と政治家は切っても切れない間柄だというのは本当だった、最初の半年で、誰もが知る大阪の政界を牛耳るベテラン議員が4人、それに衆議院議員や財務省幹部、それから、自分の主演している伊藤ホールディングスがスポンサーの新しい映画を宣伝したい有名女優達などから電話がバンバンかかってきて、鈴子は対応に追われた
その中でも一番鈴子がぶったまげた出来事は、自民党の幹事長からかかってきた「内閣総理大臣が主催する公的行事(桜の会)」出席要請で、その後に行われる「内閣総理大臣夫人の晩餐会」の招待の電話だった
これにはさすがの鈴子も会長に引き継いで欲しいとの幹事長の電話にはあがってしまい、受話器を落として切ってしまって、パニックになった
華やかなのは電話だけではなかった、定正は自分のオフィスにも大勢の客を迎えたし、彼がメンバーとなっているカントリークラブや高級レストランの中国電力企業のスポンサーなどがひっきりなしに手土産を持ってやってきた、その都度鈴子は対応に追われた
それでも必死に食らいついて仕事を覚えて半年も過ぎると、 鈴子は定正の予定と、場所の予約を一任されるようになっていた
その頃には鈴子は専務始め、誰もが認める有能さを発揮し、自分のボスが誰に会うと喜んで、誰を避けたがっているか阿・吽 の呼吸で分かるようになった
仕事が面白くて夢中になっているうち、一年の歳月が瞬く間に過ぎ、『会長室オフィスの秘書』の顔がすっかり板について、同じ会長オフィスに務める副社長やその他重役などにも一目置かれるようになっていった
定正はひっきりなしに世界を飛び回っているので、彼のスケジュールに合わせて飛行機のチケットを予約するだけでも毎月相当な仕事になった
なぜなら彼のスケジュールは生き物の様に毎日コロコロ変わるからだ、毎朝決めていたスケジュールに急ぎの会合や、WEB会議、定正自身が立ち会わなければいけない案件
その他もろもろが怒涛の様に差し込んで来るので、緊急を要する物からスケジュールを組み直していく、中には差し替えが多すぎて、一週間のフォーマットを丸々、一から作り変えないといけない事があった時などは徹夜明けで出勤しないといけないほどだった
そして休日、鈴子がボロボロになって家で寝ている時、定正はゴルフ仲間の自民党幹事長達と淡路島のカントリークラブでよくゴルフをした
先代の彼の秘書が病気になったのはこれが原因だったのではないかと思うほど定正はパワフルだった、いったい彼はいつ寝ているのだろう、当然彼が会長オフィスに顔を出すのはほんのわずかだが、彼の留守の間も鈴子の仕事は山ほどあった
鈴子と定正の関係は、依然として「会長」と「雇われ秘書その①」のレベルを越えるものではなかった、眼中にも置かれていなかった
定正にとっては鈴子の存在など、自分の会社を回す、歯車の一つに過ぎなかった、それも小さな小さな歯車だった
鈴子はまた、自分と定正は別の世界に生きる人間だという事もわきまえていたし、この一年、何度も百合がこの会社に訪れて自分と顔を鉢合わせる事をイメージしていたが、百合がこの会社に顔を出す事はなかった
次第と鈴子は定正の傍で、彼の帝国を学びながら彼自信を知っていく事になった
そして次第に定正のあのどぎつい魅力、不思議に威圧される、彼のそっけない態度は決して冷たいモノではないと分かる様になっていった
彼の立場はこの日本の食品業界を左右する立役者なのだ、もっと彼のバックボーンを知りたい・・・子供の頃や・・・ここに至る経緯まで・・・
いつの間にか鈴子は百合よりも、定正に興味を抱くようになっていった
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!