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定正には鈴子の他に秘書が二人ついていたが、なぜかその頃から鈴子はその他大勢のいつでも変えの効く秘書にはなりたくないと思い始めていた
今の鈴子の目標は仕事で定正に一目置かれたい、その一心で山の様な秘書業務をこなしていた
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「僕の父さんの協賛する「フィギア・アイス・スケートショー」が大阪城ホールであるんだ、プレミア・ボックス席だよ、オリンピック選手勢ぞろいだ!行かないか?」
季節が変わり、街が黄色い銀杏に彩られる頃・・・そう電話をかけて来たのは、親友の純の従兄の「雄二」だった
高三の夏休み、ギリシャの海で雄二とキスをして、その後、百合を見つけて発狂しながら鈴子は百合の乗った船を無謀にも海岸から追いかけた
初めてのデートであの時キチガイめいた行動を取った鈴子は、てっきり雄二には呆れられてそれっきりになるかと思っていたのに、彼はこうして時々鈴子をデートに誘ってきた
親友の純から電話で聞いた話では、27歳の雄二は父親から広大な不動産を相続しただけではなく、祖母からも7000万による信託金を遺されたという
御曹司で付き合う彼女は選り取り見取りのはずの彼がどうして自分に構うのか謎だった
それでも楽観的に彼の行動から自分達は良い友達になったのだと認識した鈴子は、雄二とアイスショーに出かけることにした
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「寒くない?」
大阪城ホールはフロア一面が氷のフィールドに様変わりしていた、スポットライトが色とりどりに変わり、幻想的なフィギア・アイスショーの一番良いプレミア席で二人で震えながらショーを楽しんだ後、雄二が鈴子を気遣って言った
彼はキャメル色のダウンジャケットを着こんでいた、一方、薄いコート一枚の鈴子はアイススケート観賞がこんなに凍えるものだという事を知らなかったので、今はガタガタ震えていた、見ているだけでもこんなに凍えるのに、滑っているオリンピック選手は優雅だが風邪などひかないで丈夫だなと思った
ガタガタ震えている鈴子に雄二がルイ・ヴィトンのマフラーを彼女の首に巻いてあげた、二人は見つめ合ってニッコリ微笑んだ
「ありがとう!こんな良い席で観れてとっても素晴らしかったわ!」
「うん!シューズの刃が氷を削る音がダイレクトに聞こえて大迫力だったね、これから温かい物でも食いに行く?」
その時、鈴子はハッとした、二人の前のボックスシートに定正が座っているのに気が付いたからだ
彼が同伴していた女性は百合ではなかった、しかしとても若くて綺麗な女性で、『ヴォーグ』の雑誌から飛びぬけて来たような赤のレザーのコートを着ていた、その女性がどこの誰なのか鈴子には知る由もなかった
定正もブラックの毛皮の襟が付いたレザーのコートにレザーの手袋をはめて、とても粋で迫力があった、まるで『ゲーム・オブ・スローンズのジョン・スノウ』の様だった
彼は完璧にプライベートのようで、鈴子はこんな定正は見たことがなかった、それもそのはず、自分のプライベートな約束は自分で決めていたのだ、なので彼が仕事以外にどこで誰と会っているかは、鈴子には全くの謎だった
定正も会場内を見渡した時、鈴子が後ろにいるのに気が付いた、二人はバッチリ目が合った、途端に緊張して鈴子はその場で硬直した
―ど・・・どうする?挨拶した方がいい?それとも知らんフリ?―
すると定正は「内緒だよ」とばかりに鈴子にパチン♪とウィンクをした、そして何事も無かったように美しい女性を従えて去って行った
その後の鈴子はレストランで雄二がおしゃべりしていても心ここにあらずで、ずっと定正の事を考えていた
頭の中は定正があの女性のシャネルのハンドバックを持って、肘を軽く曲げて自分の腕に掴まらせたシーンが反芻されていた
―会長はあの『ヴォーグ』女性に対して紳士的で完璧なエスコートだったわ・・・あの女性も彼の隣にいるのが誇らしそうだった・・・―
その日の雄二との食事は何を食べたのか鈴子はまったく記憶に残っていなかった
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次の日の夕方、オフィスで鈴子と会っても彼はずっと素知らぬ風であったが、鈴子が来週のスケジュールの報告に会長室に入った時、唐突に昨日の話を始めた
「どうだった、昨日の『アイス・スケートショー』は?」
鈴子はいきなりプライベートな会話を振られて戸惑ったが、思いついた事を言った
「寒かったです」
定正が続けた
「一緒にいたのは彼氏?」
意外な質問だった・・・彼が自分のプライベートなことなど気にしてるなんてこれっぽっちも思っていなかった、鈴子は言葉を選びながら言った
「・・・友達です」
―あなたはどうなのよ?奥さんの百合以外の人とそういう事するの?つまりは不倫よ!―
鈴子は心の中でそう問い詰めた、定正が鈴子の瞳を覗き込んだ、目がいたずらっぽくキラキラと笑っていた
父よりも年上の男性・・・それも飛び切り魅力的な・・・そんな人に面白そうに見つめられている・・・鈴子はまるで小学生みたいに、恥ずかしそうに顔を下に向けた
自分がいったいボスの事を嫌いなのか、好きなのかまったくわからなくなっていた、ただ一つこの世で鈴子が一番気になる人物だということだけはハッキリしていた
定正は瞳を好奇心にキラキラして鈴子に言った
「私も彼女は友達だよ」