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前回までのあらすじ
→ トカゲを捕まえた。
◇◇◇
広間の隅で私と辰夫はエスト様が目覚めるのを待っていた。
*
「う……ん……あ……れ?」
エスト様の目がゆっくりと開いた。
「お姉ちゃんがいる……ドラゴンさんも!」
「良かった! エスト様!」
私は思わずエスト様を抱きしめた。
震える手で、エスト様の頬をそっと撫でる。
「ふむ。一安心ですな、サクラ殿」
「本当に良かった。感謝しますよ、辰夫」
エスト様はキョロキョロと周囲を見回しながら言った。
「これは夢じゃないのかな……?」
「夢じゃないよ。大変だったんよ?」
「だって…最近の私はね?
よく夢と現実がわからなくなるの……」
怯えながらエスト様が呟く。
「アゴをぶつけて……連続で気絶したりしてたから……」
「……」
エスト様の運命のアゴを狙うのはしばらくやめようと思った。
「2人が助けてくれたんだね。ありがとう」
「し、仕方ないから!
た、助けただけなんだからねッ!」
「妹みたいに想ってると言っていたが」
辰夫が笑った。
「おいコラ! トカゲ!」
辰夫の喉元に刀を突きつけた。
「……はい……すみません」
「あはは!いつものお姉ちゃんだね」
とても嬉しそうに笑っている。
「あ、そうそう。このドラゴンだけど……
辰夫! 自己紹介しなさい」
「ふむ。我が名はリンドヴル……む?」
私は辰夫をキッと睨み付けた。
「もとい。我が名は……た、たつ……辰夫」
震える声で辰夫が続ける。
「……サクラ殿に敗北し…配下となった。今後とも宜しく頼む」
「そうなのよ!
わ・た・し・が!
ひとりで倒して配下にしましたー!
余裕だったねー? たーつーおッ?」
「……はい」
これ以上に無い最高のドヤ顔の私の横で、
辰夫は上を向いた。溢れる涙を溢さないために。
「え! お姉ちゃんが1人で倒したの?
凄い! 凄いよ!」
「ふふふ……小娘ッ!
もっと……もっとよ!もっと褒めなさい!」
「よろしくね!辰夫」
「……うむ。よろしく」
「おいおい。辰夫?
私にも敬語つかえよな?」
エスト様が辰夫を斜め上から見下ろしながら言った。
「……はい……」
グスッ。
……辰夫は震える手でそっと涙を拭った。
「あ、エスト様?
辰夫は“私の配下”だからね?」
「ぇ……私……が魔王……なんだよ……?
お姉……ちゃ……ん……?」
グスッ。
……エスト様は震える手でそっと涙を拭った。
*
しばらくの沈黙のあと、彼女はふっと笑った。
「お姉ちゃんはドラゴンも倒せるんだね!
やっぱり最強だね!」
「ふふふ……もっとだ……もっと褒めなさい!」
「意味わからないくらい強かったです……」
辰夫が遠い目をした。
「じゃあ、また一緒に世界征服がんばろうね」
「もちろんです。この世界は私のものにすると決めましたからね」
「え……? ……魔王の私が世界を……」
エスト様の声が震える。
「……」
私は無視した。
「……え、ちょ、え?
世界征服って……本気で言ってます……?」
辰夫がポカンと口を開けたまま固まっていた。
「うん!世界征服すればお父様も褒めてくれるかなって!」
「私をもて遊んでるこの世界に復讐しないとなぁ……?」
指をポキポキ鳴らす。
「それにしてもエスト殿のその魔力……魔王……
久しいな……して、その魔王は今どこにいる?」
サクラ殿からも魔王の魔力を感じるが……
どこか違う……これは……
辰夫が遠い目で尋ねた。
まるで数百年前の記憶を掘り返すような声音だ。
「わからないの……3年前に急に出て行って……それきり……」
エスト様は急に視線を落とし、膝を抱え込んだ。
その小さな背中が、ほんの一瞬だけ震えて見えた。
……その場の音が、ふっと消えた気がした。
「……なんと……」
口を閉じたまま、辰夫は複雑な表情でうつむいた。
「……我は魔王とは付き合いが長いのです。
彼奴がエスト殿を残してどこかに行くとは考えにくい」
辰夫が続ける。
「エスト殿、魔王という存在には理由がある。
この世界には大きな脅威が眠っていると言われている。
その脅威を抑えるために、魔王が必要とされてきたのです」
「脅威……?」
「はい。近頃、魔力の異変を感じる。
魔王はその異変を察知し、行動を起こしたのかもしれませぬな」
「パパ……」
辰夫は頷いた。
「ええ。魔王というのは、
ただ恐怖や支配の象徴というわけではありません。
むしろ世界を守護するために、
その力を振るうべき存在なのです」
「そうなんだ……」
……なんか空気が一気に重くなった。
沈黙。
エスト様が膝を抱えたまま、声が出なかった。
私は、その背中を見て、何も言えなかった。
……は? なんでしんみりしてんの?
「ハイハイハイハイ!! センチメンタル終了ッッ!!」
手をパンパン叩く。
「こんな時こそムダ様のお言葉だよね! よく聞きなさい!」
『俺もかつては絶望していた。だが、一歩踏み出して救われた。
マジですげーよ歯医者は。ドリルの中に希望があった。
だからお前も勇気を出せ。踏み出せ。進め。歯医者に』
……広間に、ドリルの音が響いた気がした。
「歯医者の詩だった」
「「……」」
*
少しすると、エスト様が顔を上げ、いつもの笑顔に戻っていた。
黙ったまま辰夫は考え込んでいた。
「……うむ……あの最強と言われた魔王が行方不明?」
*
──そして、私たちはドラゴンの広間で少し休むことにした。
「辰夫! まずはこのダンジョンの構造を教えなさい」
辰夫はゆっくりと眼を開け、説明する。
「ふむ。ここは常闇のダンジョンと呼ばれている。
この場所はその地下100階になるな」
「ひ、ひゃ…く…」
「うんうん!10階ごとにこういう広いところがあってね!
それぞれボスモンスターが居るみたいだよ☆」
楽しそうに頷きながらエスト様は言った。
「えぇ……めんどくさすぎる……とは言え……
ここからは辰夫の背中に乗っていけば良いからさ?
移動は楽になるね」
「おぉー! お姉ちゃん! あったまいいー!」
「あっはっは! ……小娘ッ!
もっと……もっとよ! もっと褒めなさい!」
「え………? そうなのか?」
辰夫がめんどくさそうに言った。
「いいこと? 辰夫。
私はね…妹を箱に入れ、その箱を背負って、
鬼と戦った少年を知ってるけど?」
「その少年はね?
家族をみんな鬼に殺されて、
それでも折れなかったの」
「やり遂げたの。
そんな子も居るというのに……あまったれんな!
全集中しろ!」
「その人カッコいい!」
エスト様のどこかに刺さったようだ。
「……はい」
辰夫がうなだれながら返事をした。
そして私達はダンジョンの出口を目指す事にした。
「目指せ!地上!!」
(つづく)
◇◇◇
……常闇の彼方に、別の眼が開かれていた。
赤く、禍々しく、そして──どこか懐かしい光を湛えた眼。
「……“鍵”は予想外の方向へ転がるものだな……ふ、面白い」
声だけが、遠く響き、やがて闇に溶けていった。
◇◇◇
──【グレート・ムダ様語録:今週の心の支え】──
『俺もかつては絶望していた。だが、一歩踏み出して救われた。
マジですげーよ歯医者は。ドリルの中に希望があった。
だからお前も勇気を出せ。踏み出せ。進め。歯医者に』
解説:
「絶望」とは、現実から目を背けた結果だった。
虫歯を放置し、痛みと共に生きることを選んだあの日々。
だが、ある朝──決断し、歯医者に行った。
ドリルは恐怖だった。
だが、その音の向こうに──痛みの”終わり”があった。
絶望は、踏み出さないことで育つ。
希望は、恐怖の向こう側にいる。