テラーノベル
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_3200年2月27日
四の居処には、静けさが張りつめていた。 高い天井に反響する微かな足音だけが、この場にいる存在を主張している。
ベリー「ねぇゼーレ、ちょっと話があるんだけど……」
冷たい空気を切り裂くように、猫の耳としっぽを揺らしながら、ベリーはいつも通り明るく声をかけた。
ゼーレ「…我は忙しい。猫の話をするならローズかソフィアにするといい。」
ゼーレは台に乗りながら本棚を見つめ、いつも通り冷たく返す。
ベリー「まだ何も言ってないよっ!」
ベリー「もう、ゼーレが忙しいのは重々承知だよ〜…」
ゼーレ「……なら、なんの用だ?」
ベリー「あたしが言いたいのは、最近魔災種の影響力が大きくなってるって言いたいの。」
ゼーレ「……魔災種が?」
滅多に変えないゼーレの表情が、ほんのわずかに変わった。 ベリーはそれを見逃さなかった。
ベリー「うん、やっぱりゼーレも違和感あるよね。魔災種の増加は初めてじゃないけど…」
その時、後ろから2つの足音がする。
ローズ「知っているわよ、その話。記録データを覗いても、2週間ほど前から出現情報が大幅にアップしているわ。」
背後から現れたのは、背丈の高い、魔女の格好をした人物だ。
ベリー「うわ、ローズ!?もう…急に背後に現れるのやめてよ…」
ソフィア「僕もいるよ〜。うん、その話は境界管理局でもよく聞くようになったから知ってるよ。」
もう1つの足音の正体は、セーラー服を来た少女だ。どうやら、四執政が全員集まったようだ。
ゼーレ「……随分と勢揃いだな。魔災種程度でここまで集まる必要など……」
ローズ「必要だから集まっているのよ、ゼーレ。エルディア方面では、怪我人も出てきているのよ?」
ゼーレ「……だとしても、定期会議以外でこやつら全員が集まるなど只事ではないぞ。」
ローズ「まぁまぁ、そう気をはらないでちょうだい?私は共有をしたいだけに来たんだから。」
ベリー「えぇ?!本当にそれだけの為に来たの?普段のローズじゃ有り得ないんだけど…」
ソフィア「えぇ……僕、審判中にローズに無理やり連れてこさせられたんだよ?本当にそれだけなの?」
ローズ「だって早く話したくて仕方がなかったんだもの。もしも、の為にもね。」
ベリー「まーたローズが不穏なこと言ってる……」
ゼーレ「……わかった。魔災種の件は、我の方でも考えておく。」
ローズ「えぇ、それじゃあ私は失礼するわね〜」
そう言い残し、ローズは光に包まれその場から消えてしまった。
ソフィア「ちょっ!?ローズが連れて行ったくせに、連れて帰ってくれないの…?」
ベリー「仕方ないな〜!あたしが送るよ。」
ソフィア「ありがと〜、案内人さーん。」
ベリー「その呼び方やめてって言ったよね〜」
そう冗談を言い合いながら、ベリーのソフィアも四の居処を出ていく。
一人残ったゼーレは静かな四の居処の中で呟く
ゼーレ「………魔災種、?…知能はほとんどないに等しいはず……一体何が…」
ゼーレ「我も調べると言った以上、ある程度調べておかないと……はぁ…」
ローズは自身の研修室に戻り、珍しく頭を悩ませている
ローズ「………」
綺麗に整理された研究室にはローズの思考の妨げにならない。
ローズ「あの子たちにはああ言ったけれど…これはもう少し個人で調査をしないとね。」
ローズ「…これも、成長のための一種のイベントね」
一方その頃、ベリーとソフィアは冥界の入口まで向かっている途中だ。
ベリー「はぁ〜あ。まったくなんであたしが…今日は休日のはずなのに、なんでソフィアのこと案内してんのさぁ」
ソフィア「めっちゃ嫌そうじゃん、自分から引き受けたのに?そういう文句はローズに言ってよね〜」
ベリー「う、確かに……でも、ローズったら、急にワープさせてくるからね。あたしも昔やられたよ〜…」
ベリー「ソフィアも、ちゃんと用心しとかないとダメだよ〜?」
ソフィア「何をどう用心したらあのワープを避けれるんですかね。」
その時、近くの草むらから、ぞくりと背筋をなぞるような違和感が走った。ベリーの五感が「何かある」と囁いている。
ベリー「………ねぇ、あそこからヤバい怨念を感じるんだけど……」
ソフィア「…奇襲の可能性がある、早く離れよう。」
ベリー「うん、ほらこっち!」
異様な雰囲気を感じ取った二人は、それ以上違和感を確かめることなく足早に踵を返した。
「…………チッ」
ひとまず街の方まで降りてきた二人。先程の雰囲気とは裏腹に、街は人々で賑わっている。
ソフィア「ベリー?…ここまで来る必要あった?」
ベリー「勢いに任せちゃって……でも、ここなら人通りも多いし、奇襲の可能性は低いでしょ!」
ベリー「それよりどうするの?仕事戻れないでしょ。あそこの道を通らないと冥界の入口には辿り着けないし…」
ソフィア「もう…とりあえず、境界裁定院には遅れるってエーダーで連絡しておく。」
ベリー「……やっぱ戻る?あたし、四執政の中では1番弱いけど、強行突破くらい出来るでしょ!」
ソフィア「……ベリーがもし死んだら誰が案内人をやるのさ。それに僕のお世話にもなりたくないでしょ?」
ベリー「もーソフィアったら わがままだなぁ…じゃあローズに連絡してみるよ。」
機械端末《エーダー》を取り出し、ローズへ連絡をする。
ベリー《ローズ?お話があります》
ベリー《ローズ!既読無視やめて》
ローズ《なによ?》
先程の出来事を話す__
ローズ《なるほどね。けれど、私は忙しいから自分たちで何とかしなさい》
ベリー《はぁ?!》
ローズ《〈自動返信中〉 何か御用でしょうか。》
ベリー《…絶対わざとでしょこれ》
ベリーは不機嫌そうな顔をしてエーダーをしまう。
ソフィア「…その様子だと適当にあしらわれたって感じ?まぁ予想はしてたけど……」
ベリー「絶対うちらのこと弄んでるよね?!ほら、あのカラスにでも化けて見てるでしょ…!」
一羽のカラスを指さしながら、ベリーは言う。
ソフィア「まぁまぁ…そんなカラスなんかに八つ当たりしないで…」
ベリー「……」
返事をせず、一点を見つめているベリーを見て、ソフィアは眉をひそめる。
ソフィア「…ベリー?なにか……」
その瞬間、何の変哲もないカラスの目が三つに分かれ始める。
何かを言いたげなカラスは、三つの目でじーっとソフィアを見つめている。
_同時刻。 四の居処の最奥では。
ゼーレ「もうむり…だれか仕事変わってぇ…」
ゼーレ「ローズに言いくるめられて3000年…時の管理大変すぎだって……」
ゼーレ「みんなの前では威厳保たないと見くびられるし…ちゃんとしないと暗殺されるし…」
ゼーレ「もう仕事放棄してやろうかな……いやだめ…そんなことしたら世界線がめちゃくちゃになって……」
ゼーレ「…って言ってる側からエラー起きてるしぃ…!」
膨大な時間軸が投影された光の盤面を睨みながらゼーレは頭を抱えている。
その時、背後から肩をとんとん、と叩かれる。
ローズ「私に何かご不満かしら?」
ゼーレ「いやぁぁ!?………ろ、ローズ?…あ。いや、さっきの発言は…ローズに文句を言ってるわけじゃない…よ?」
ローズ「あら、私は何も聞いていないわよ。まさか、私の知らないところで悪口を言っていたとか……」
ゼーレ「…さっきのは忘れて。…で、何の用
だ?さっきぶりだが。」
ローズ「ただ様子を見に来ただけよ。…えぇ、もうすぐかしら…」
ゼーレ「……?我はもう仕事に戻らせてもらうぞ。」
ローズ「少し待ってちょうだい、今から面白いものを見せてあげるから。」
ゼーレ「面白いものって……ろくなことしないでしょ…」
ゼーレが光の盤面に視線を戻した、その瞬間。 光の軌跡の一つが、音もなく黒ずんだ。
ゼーレ「………なにこれ?…エラー……いや故障?」
ローズ「いいえ、これは正常な反応よ。そんなことより、こっちを見てみなさい?」
ゼーレは、ローズが指差した先へ視線を向ける。
そこには、一羽のカラスが佇んでいた。
ゼーレ「……カラス?…どうやってこんなところまで……」
ゼーレがカラスのいる方向を見ると、カラスの様子が変わる。目がゆっくりと、一つ二つ三つと分かれ始める。
ゼーレ「……これは…」
ローズ「ゼーレ、少し見ていてくれる?面白いものを見せてあげると言ったからね。」
ローズが一歩踏み出した、その刹那。
全ての目がぐしゃりと潰された。
ローズ「全く、まだ自分たちの立場が分かっていないのね。あなたたちはもう王じゃない、とあなたの幹部にでも伝えておきなさい?」
ローズ「1つたりとも情報は握らせないわよ。」
ローズは不敵な笑みを浮かべながら、様子のおかしいカラスに歩み寄る。
ローズ「どう?悔しい?悔しいわよねぇ、せっかく役目を与えられたのに…可哀想。」
ゼーレ「…また我に内緒で調査を……全く、ローズのやり方には毎回驚かされる。」
ローズ「ふふ、どう?面白かったかしら。」
ゼーレ「………」
ゼーレ「…さておき、もしかすると自爆をするかもしれん、離れておけ。」
ローズ「……ふふ…そうね、少し煽りすぎちゃったかしら。」
ゼーレ「……お前、早く離れるのが吉だぞ。我らの力で貴様ごときが勝てるとは思えん。」
ローズ「まぁまぁ、ゼーレ。」
満身創痍なカラスを見下ろし、冷たい声で言う。
ローズ「私は、殺したりしないわよ。」
ローズ「だって、あなたがここで生き延びれても、何も成果が得られなかったら、結局”上”に殺されちゃうものね。」
ゼーレ「…好きにするがいい。しかし、目潰しをしておいてからでは信用ならんがな。」
ローズ「それは仕方ないでしょ?生かしておいてなんだけれど、この命には興味すら湧かないもの。」
ローズ「人の姿に戻っても目は潰されていて、最悪上に殺される。……うーん、残酷だけれど、これも運命よね?」
ゼーレ「…運命というよりも、選んだ選択が間違っていただけだと思うがな。」
これ以上ここにいても意味がないと悟ったのか、カラスはフラフラとどこかへ去ってしまった。
ゼーレ「選択の代償は、巡り巡って必ずやってくる。それが今だったというだけだ。」
ローズ「あらやだ、かっこいい!」
ゼーレ「……別にカッコつけではない。」
ローズ「もうそんなこと言っちゃって。……さて、茶番は終わりにして、ベリーとソフィアのところへ向かうわよ。」
ゼーレ「…分かった、もう何となくは察している。さっさと向かうぞ。」