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「凄い……こんな冷気、見た事も無い……」
“絶対零度、これがユキの本当の力……”
同じ氷使いのミオにとって、その絶対零度の冷気は余りにも異質に見えた。
シグレの居た“そこ”は、蒼白い氷の柱で完全に凍結し、ドライアイスの様に白い冷気が辺りを漂っている。
どう見ても終わったとしか思えなかったが。
“――えっ!?”
ミオの瞳に映る異変。それは氷の柱から噴水が吹き出るかの様に、四方八方から溢れて崩れていく光景。
“――嘘……あの冷気を浴びて、何で無事なの!?”
ミオは震撼するしかない。崩れた氷の柱の中心部には、何事も無かったかの様に佇むシグレの姿が其処に在ったから。
「……俺の特異能は、お前の絶対零度を相殺出来る事を忘れたか?」
シグレは特異能“獄水”の全能力を、あの刹那の瞬間、水の膜を張る事に全防御を廻していた。
「ぐっ!」
だがその直後、シグレの身体の至る所から突如血栓が吹き出し、ぐらつき膝が折れそうになる。
「その割にはダメージが大きい様ですが?」
ユキは冷静にシグレの状態、その主旨を伝える。
幾ら水の膜を張って直撃を防いだとはいえ、分子結合が崩壊し塵となる“絶対零度”を浴びて、只で済む筈が無い。絶対零度は確実に、シグレの身体に傷痕を刻んでいた。
「ククク、だからどうした? 俺が受けた“あの痛み”に比べれば、身体の傷みなど心地好ささえ感じるわ!」
シグレは額から滴り落ちてくる血を、拭う事無く笑う。表情は笑ってはいるが、その無機質な蒼い瞳は変わらない。
その瞳の奥にはユキでも此所でも無い、何処か遠くを見詰めているかの様にーー
…
――――血痕のシグレ――――
特異能ーー“獄水”を持つ特異点が一人。
今は存在しない、とある小さな村でその生を受ける。
村人からはその風変わりな姿で異端視されたが、シグレは両親から愛情を一身に受けて育った事で、命を重んじ自然を愛す、純粋な迄に心優しい少年だった。
干ばつ続きで農作物が採れぬ危機的状況にも、シグレはその天候をも揺るがす特異能で恵みの雨を降らせ、幾度となく窮地を救っていた。
全ては村の為、人の為、家族の為。
だが、その高過ぎる能力。そして本来この世に存在してはならない特異点としての事実は、人々に恐怖の念を抱かせるには充分だった。
シグレが九つの時。
村人はシグレを、いずれ訪れる脅威として抹殺を企てた。
草木も眠る丑三つ刻。
村人に両親もろとも捕らえられ、縄で縛りあげて目隠しされた後に、農具による集団暴行を受ける。両親はそのまま絶命したがシグレは昏倒して尚、まだ意識は残っていた。
そしてそのまま、生まれた家に両親の亡骸もろとも火を放たれる。
厄は禍根から絶つ為に。
両親を虫けらの様に殺され、自身を焦がす紅蓮の焔の中、シグレはその時より既に人で在る事を捨てたのかもしれない。
『俺が……何をした? 許さない! お前達全員殺してやる!!』
命を命とも思わぬ無機質な死神。特異点ーー“血痕のシグレ”が生まれた瞬間であった。
その夜、村人二百余名は一人残らずこの世から消えた。
血の雨が降りしきる中、其処には命乞いし逃げ惑う村人を虫けらの様に、その特異能で残忍に殺し廻るシグレの姿が在ったという。
***
「所詮、人間など虫けら同然。この世から全て消え失せればいい」
シグレの紡ぎ出す言葉の意味に、ユキは口を閉ざしている。何故なら彼もシグレと同じ考えだったから。
“全員死に絶えた処で構わない”
かつてアザミへ語ったユキの心情。それは同じ特異点のみが共有出来る想い。
誰にも理解される事無く、ただ闘う事だけしか出来ず、その宿命の中死んでいく。誰一人例外無く。
その想像を絶する孤独は、彼等にしか解らない。
「でも命を奪う権利なんて誰にも無い! そんなの間違ってるわよ!」
ミオがシグレに向かって声を荒げる。どんな理由が有ろうが、生殺与奪の権利は誰にも無い事を。
それでも、シグレが此処で行った事は許される筈がなかった。
「……権利なら、有るんだよ」
シグレがミオを見据え、微笑しながら冷徹に呟く。
「何故なら俺達は人としてはこの世に在ってはならないが、生物としては誰よりも優れた力を持っているからだ。弱き者は強き者の糧となれ。居場所など力で奪い取ればいい」
それは特異点、四死刀が共有した唯一の信念。袂を別ったシグレも、その想いは変わらない。
“悪魔……”
それは誰もが抱いた、シグレへの見解であった。
「分かったらーー」
突如シグレが傷の深さを感じさせない動きで、猛然とユキへと斬り掛かった。
「お前も死ぬがいい! 人に成り下がったお前も俺の糧となれ!」
ユキはシグレの一撃を、刀と鞘を交差させてしっかりと受け止めるが。
「くっ!」
明らかに押し込まれた。続く連撃にも防戦一方であった。
「ユキが押されてる? 何で!?」
先程までは互角、いや僅かに優勢だった状況の変化に、ミオが戸惑う様に口を開く。
シグレの執念。否、それだけでは無い。
「ユキの体力が、限界に来てる……」
ユキの緩慢なその動きに、アミはそう呟いた。
事実その通りだろう。シグレの猛攻に、ユキは防ぐのだけで精一杯だ。
「お前さえ死ねば全て終わりだ! 全て皆殺しにしてくれる!!」
唾競り合いの最中、シグレは叫びながら力ずくでユキの首を挽き切らん勢いで押し込んでいく。
「アナタは……何処まで堕ちれば気が済むんですか!?」
押し込まれながらも、退く事無くユキはシグレに向かって口をーー想いを紡ぐ。
「例え私達がこの世に在ってはならないとしても、力ずくで奪って良い筈が無い!」
その言葉の意味に、シグレは更に声を荒げる。
「今更何綺麗事言ってやがる! お前に何故その気持ちが分からん!?」
特異点は程度の差こそあれ、皆同じ境遇だった。だからこそ、四死刀と謳われた者達は自然と集結したのだろう。それは必然で有り、この世に於ける存在の否定の共通を共有する、確かな絆なのかもしれない。
シグレはそんな共有から外れたユキを許さないかの様に、力ずくで後方へ弾き飛ばした。
「これで終わりだ! 死ねぇぇぇ!!」
二人の間に距離が出来、シグレは村雨を天に掲げ、特異能“獄水”の全能力を集約する。
『なっ! 何だあれは!?』
誰もが驚愕し、震撼する。それはシグレの血液と水が混じり合い、得体の知れぬ複数の何かに形成されていく異様な光景を。
七つの業の禍が、この世を覆うーー
蒼閻剣極奥ーー “獄龍 緋水繚乱”