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健二の会社に着いた。
社員駐車場が見える、コインパーキングにとめる。
ここからなら、駐車場から出入りする車が見えるから。
ポツポツと帰って行く人たち。
時間は18時を過ぎたところ。
人影が見え、エンジンをかける音がした。
ゆっくりと駐車場から出て行く車、白いフィット。
リアの窓ガラスに翔太の好きな猫のぬいぐるみが乗せてある、間違いない。
家とは反対方向に、車は走って行く。
20分ほど走って、ベージュの壁色のマンションへ着いた。
健二はなんの躊躇もなく、慣れた様子で車をとめている。
私は、少し離れた道路に路駐してスマホを取り出した。
ピッと車をロックする音がして、健二がマンションへ向かうのが見えた。
動画を撮影する。
写真ではフラッシュがないとうつらないし、フラッシュが光ると見つかってしまうから。
そっと後を追う。
少し離れたところから、マンションの通路とそこに並ぶ部屋の入り口が見えた。
ここで待っていれば、健二がどの部屋に入るかわかる。
3階の2番目の部屋の前に、健二の姿が見えた。
この時期はまだ薄明るいから、服装や顔もなんとか写せる。
インターホンを押したようだけど、なかなかドアが開かない。
そうか、マリはそんな気分じゃないって返事があった。
しばらくそこに立っていた健二。
帰るのかなと思った頃、ドアが開いた。
その途端、ドアをこじ開け中へ入って行った。
「おいおい、マジかよ…」
思わず健二にツッコミたくなる。
やっと会えた喜びで、半ば強引にマリの部屋へ入ったということらしい。
自分の夫ながら、情けない。
どうしようか?
今すぐ乗り込んでも、まだなにもないかもしれない。
そうだ!
入り口にある郵便受けに向かう。
3階の部屋番号の名前を写真に撮る…あれ?マリなんて名前、ないんだけど。
ぴこん🎶
《綾菜、あと少ししたらマリの部屋のインターホンを鳴らして》
お母さんからのLINE。
〈どういうこと?〉
意味がわからないけど。
《もう少ししたら、健二君に電話をかけるから。そしたらすぐ、そっちに連絡するからインターホンを鳴らして》
〈わかった〉
お母さんにはなにか考えがあるようだった。
私はエレベーターで、3階まで行く。
まっすぐな通路、この2番目の部屋に健二は入って行った。
スマホを開いて時間を見る。
健二がここへ入って30分ほど。
ぴこん🎶
《鳴らして、返事があるまで》
〈うん〉
私は健二がいるマリの部屋の前で、インターホンを鳴らした。
ピンポーン。
返事はない。
聞き耳を立てるけど、息を潜めているのか静かだ。
ピンポーン、ピンポーン。
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン!!
ガチャガチャと鍵が開く音と、やめてくれという男の…多分、健二の声。
チェーンロックはかけたままで、ドアが開いた。
膝まであるビッグTシャツに、長い髪をバレッタでまとめた女が顔を覗かせる。
「どなた?」
「お取り込み中失礼します。そこにいる関戸健二の妻です」
少しだけ声が震えた。
私は何も悪いことはしてないのに。
女は私を上から下までしっかりと確認している。
「刃物とか危ないものは持ってないようね、どうぞ」
チェーンをはずしてくれる。
「ダメだって、開けちゃダメ!まだだから!」
「何がまだなの?」
ドアの外から声をかける。
奥の部屋でカチャカチャ音がしている。
「慌て過ぎて、ベルトができないの?間抜けね、そのカッコ」
私は仁王立ちして健二を見た。
よほど慌てたのか、パンツは脱ぎ散らかしたままだし、靴下は片方だけはいて、上半身裸でズボンをはいてベルトをカチャカチャしていた。
「綾菜なんで?」
「それはこっちのセリフ。今日は仕事の打ち合わせじゃなかったの?」
「いやっ、その…」
「ついこの間、私の前で土下座してもうしないって約束したよね?なんで?」
「……」
「土下座なんかしたの?健二、情けない男」
吐き捨てるようなマリのセリフが、私の心をえぐった。
「あなたね!よその夫を誘惑しておいて、なに、その言い方!一回だけなら目を瞑ろうかと思ったけど、何回も?いつからなの?人を馬鹿にしないで」
思わず、つかみかかってほっぺたのひとつも張り倒してやろうとしたら、健二に止められた。
「待って、綾菜、悪いのは俺なんだから」
「「あたりまえだ!!」」
マリとまったく同時に全く同じセリフが重なった。
「え?」
思わずマリを見る。
目を閉じて頭を抱えて首を振っている。
「こんなことになるのが嫌だから、あれほど断ったのに。どうせLINEも削除してなくて今日のこともバレバレだったんでしょ?」
「え?パスワードは変えたのにまた?」
指紋なのにバカなんだろうか。
「奥さん、どうもすみませんでした。許してくださいとは言いません。気の済むまでひっぱたくなり蹴飛ばすなりしてください」
そう言ってマリは床に正座した。