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安全のためにと泊まった部屋は、王の寝室……と続きの部屋。
扉の向こうに王の寝室がある造り。
本来は護衛や側仕えの人が二十四時間待機する部屋なのだとか。
私たちがゆっくりと精神的な疲れを癒やしている間に、さくさくと整えてくれたその部屋は、王の部屋に勝るとも劣らぬ設えとなっていた。
魔法やスキルがあるとはいえ、短時間で部屋のリフォームまでやってのけるのは、本人たちが優秀だからなのだろう。
王都拠点の自室にあるベッドよりも大きな天蓋ベッドの上で目覚めた私は、半身を起こして大きく伸びをする。
「おはようございます、主様」
「あら? ノワール?」
声の方向に目線を投げれば、拠点にいるはずのノワールが映り込む。
一分の隙もない素敵なメイド姿だ。
「ローザリンデ様に許可はいただいておりますので、御安心くださいませ」
「ここにいる以上、ノワールに抜かりがないのはわかっているから大丈夫。安全を確保されていると言われても、そこはかとなく心配な気がしていたけど、ノワールのお蔭で心配がなくなって嬉しいな」
「主様のお心が安らかで何よりでございます。アーリーモーニングティーは何にいたしましょう?」
「今日も忙しそうだから、その日の活力になりそうな物をお願いします!」
「はい、畏まりました」
ベッドの上、大きな枕に背中を預けながら、ノワールが紅茶を淹れる所作を見守る。
熟練した職人の作業は、それがどんな職種の作業であれ美しい。
「お待たせいたしました」
ぼんやりと眺めているうちに紅茶が入ったようだ。
「レモンバーベナとレモンバームを組み合わせました、ハーブティーにございます」
「あ! 爽やかな香り」
鼻を擽るのはレモンの香り。
だが口にしても驚くほどの酸味はない。
就寝前や休憩時に向いているとも言われるが、このすっきり感は朝にも良いと思う。
実際、口にしたあとは口の中と頭がクリアになった気がする。
今日も今日とて頭を使わなくてはいけないようなので、有り難い。
「主様が起床いたしましたら、朝食を御一緒にと伝言を承っております」
「ローザリンデかしら?」
「はい。同席するのはヴァレンティーン様とのことでございます」
「昨日御一緒した他の方々は、どちらへ行っているかわかりますか?」
「はい。エリス様、ユルゲン様は朝の鍛錬、イェレミアス様は情報収集、クサーヴァー殿は日常の業務と伺っております」
エリスって、結構物理特化な人なのかしら?
最初の印象からは随分と違ってしまったが、好印象なのは変わらない。
いっそのこと鍛錬後の差し入れとしてタオルや飲み物を渡しに行きたいくらいだ。
「朝食の服装はこれで完璧じゃよ」
ハーブティーを飲み終えた頃合いで、彩絲がトルソーとともに入ってくる。
「真珠が映えるワンピースよね!」
雪華はアクセサリートレイの上に、一式を載せて入ってきた。
トルソーにはラベンダー色のワンピース。
袖はシフォンぽいやわらかさで透けている七分丈。
ワンピースの丈は安定のロングで、スカート部分にはレトロな文様が刺繍でほどこされている。
くるりと回れば、ふわっとスカートが軽やかに風を孕むだろうデザイン。
胸元はシンプルなVネックなので、真珠のネックレスが多少豪奢でも問題なさそうだ。
手早く着ていた物を脱がされて、ワンピースを着せられる。
人に服を着せてもらう習慣に慣れすぎて怖い。
相手が夫だけならまだしも、他人の手にも慣れてしまうと、向こうへ戻ったときに苦労しそうだ。
「真珠のティアラで可愛いのがあるんだけど、極々内輪の朝食の席じゃから、さすがにのぅ……」
「そうねぇ。ネックレスでも過剰だと思ってしまうかしら……」
ラベンダー色の真珠とアメジストを小花の形に彫り込んだものが交互につけられているネックレス。
向こうの世界でも見たことがない。
天然ものならばさぞ高価だろう。
「えぇ! じゃあ。ブレスレットと指輪は駄目なの?」
きゃるんとアイドルがしそうなポーズで、上目使いに見つめてくる雪華は反則的に可愛い。
「う……わかりました! どっちもつけていきます!」
「うむ」
「わーい」
無理強いはしてこないだけに、声を出して嫌とは言いにくい。
冷静になればそこまで抵抗する意味もなかった。
しゃららっといい音がするこれもラベンダー色のブレスレットは、細かいアメジストとドロップ型のプラチナで作られている。
指輪は大粒の真円真珠。
花珠と呼ばれる見事なものが、小粒の……恐らくラベンダー翡翠に囲まれている。
ぶつけたらころっと真珠や翡翠が落ちてしまいそうで怖い。
髪の毛は食事の邪魔にならないように、リボンで一つにまとめられた。
化粧は化粧水と乳液をつけるくらい。
無香料なのが有り難かった。
ヒールの低い靴を履いてノワールの先導で、朝食が準備されている部屋へと移動する。
彩絲と雪華も一緒についてきた。
「御機嫌は麗しゅうございますか、アリッサ様」
「ええ、朝から快適な目覚めです。昨日の疲れも取れましたわ」
「それは何よりでございます」
部屋には朝食の準備が調っており、二人も既に座っている。
「お待たせしてしまって、ごめんなさい」
「いいえ! こちらもつい先ほど来たばかりですのよ、ねぇ? ティーン」
「はい。ですから、どうかお気になさいませんよう。謝罪なども不要でございます」
私の分はノワールが二人の分は控えているメイドたちが、彩絲と雪華は自分で好きなように準備されたスープの皿が目の前に置かれて、ローザリンデが頷く。
「いただきます」
たぶん私が手をつけねば、二人は食べ始めないだろうと考えて、スープスプーンを手に取る。
間違えていなかったようで、二人もスープスプーンを手にした。
「キャロトのポタージュでございます」
白いスープ皿にオレンジ色がよく映える。
味はニンジンと変わらない。
甘さはキャロトを生かしたものだろう。
よく言われる優しい味がする。
「パンはズーチーのミニトースト、ホワイトピルンのデニッシュ、コンベーとレンソとオニオーンのキッシュ、焼き立てターバたっぷりのクロワッサンのどれにいたしますか?」
朝から選びがいのあるパンの種類だ。
「遠慮なく全部食べるとよいのじゃぞ?」
「どれもサイズが小さく作られているから、全部食べる女性もいるからね!」
二人の言葉を聞き、ちらりとローザリンデを見る。
「ふふふ。私はデニッシュをいただきますわ」
「自分は全部を二つずつはいただきます。ユルゲンとアスなら三つずつは軽いでしょう」
「イェレミアスも?」
「魔法使いには大食いが多いのです。特に甘い物を好きな者が多いのですよ」
魔法を使うとカロリーを消費するあるある設定ですね!
わかります!
「太らないのは羨ましいですねぇ……」
「それだけ消費しているということでございましょう。ああ見えて、働き者なのです」
くすりと笑ったヴァレンティーンからは、イェレミアスへの信頼が感じ取れる。
「アリッサ様は華奢でいらっしゃいますから、御方様が心配なされるのでは? どうかお好きに召し上がってくださいませ」
「ありがとう。ローザリンデみたいに美しさを維持できれば遠慮なくいただきたいわ」
「まぁ!」
しかし私の取り皿の上には全てのパンが置かれた。
「御方様の御希望でございます」
どうやら夫からのリクエストがあったようだ。
仕方ない。
心置きなくいただくとしましょう。
ターバたっぷりのクロワッサンのふわしゃく感が堪らない。
滲み出るターバはカロリー爆弾よねー、と内心で思いつつも口が勝手に動いてしまうのだ。
それぐらい美味しい。
「卵料理はイモッコとハムハのスクランブルエグック、サラダはホットグリーンサラダでプエンドとグリーンアフロ(ブロッコリー)をピンクパウダーソルトで、肉料理はハーブセジソーとホットセジソーでございます」
グリーンアフロの名前に、誰がつけたのかと突っ込みを入れたくなった。
少量ずつなら全部いただけるだろうと、はしから手をつけていく。
ローザリンデが一番小食で、ヴァレンティーンが一番の大食いだった。
普通の結果にほっとするも、ヴァレンティーンの次は自分かもしれないと戦々恐々としてしまう。
どうやらこの世界、太りにくいとわかっていても、食べ過ぎは駄目だろうと思うのだ。
「今日は神殿へ行く予定でございます。アリッサ様も御一緒いただけますでしょうか」
「ええ、問題ないですよ」
「他の同行者は、ヴァレンティーンとイェレミアスですの」
「私と彩絲も行くけどいいよねー」
「大丈夫でございます。神殿は誰にもその門戸を開いておりますから……」
ローザリンデが語尾を濁す。
どうやら、建前と実際にずれがあるようだ。
宗教に限らずよくある話なので、詳しくは聞かない。
「服装は基本華美でないもの……とされておるのですが、肝腎の一部の者どもがとんでもなく華美なものを身につけているので……最愛様には、是非とも豪奢な装いでお出ましいただきたく……」
「ローザリンデもそうするのね?」
「牽制の意味もございますので、そうしていただくつもりです」
ヴァレンティーンの言葉にローザリンデも大きく頷いた。
ドレスがまさしく戦装束になるのだろう。
私も両隣でやる気に満ち溢れている二人に、ほどほどにね……と囁きつつ覚悟を決めた。
ほどほどにと言ったところで、私を着飾ることが大好きな二人が自重することはないと、心の中ではわかっていましたとも……。
体感時間十分程度で二人は激しい打ち合わせを終えた。
『……思いの外、早く終了いたしました。何よりでございます』
小さく囁いてきたノワールの声に、無言で頷いたのは言うまでもない。
喧嘩をしているとしか受け取れない激しいやり取りだったのだ。
「うむ! これで完璧じゃな!」
「うん! 豪奢で清楚って難しいけど、これなら大丈夫。崇高な気品も満ち溢れるよね!」
ドレスは白。
プリンセスラインのタートルネック。
七分丈だが、ロンググローブを装着するので実質長袖と変わらない。
プリンセスラインにありがちなフリルは控えめで、代わりに刺繍とレースが多く使われている。
刺繍もレースもしつこいぐらいに百合をモチーフにしていた。
刺繍はカサブランカ系、レースはテッポウユリ系でどちらも葉や茎まで表現されている。
艶消しされた金糸と銀糸が使われているので豪奢であるが、清楚でもあった。
近くで見ればその精緻さにはため息しか出ない代物だ。
アクセサリーは、ティアラ、ネックレス、ロザリオの……セット。
ロザリオをアクセサリーの括りにするのはどうかしら? と一瞬迷ったが、ネックレスと揃いのデザインなので、いいかなと思う次第だ。
どれもが聖なる銀と呼ばれる、特別な鉱物を使って作られている。
触れれば壊れてしまいそうな繊細なデザインは、博物館で見るだけで十分だ、と身につける段階になって思い知らされた。
彩絲に、破壊防止の効果が付与されているから心配はいらぬぞ? と教えてもらえなかったら、遠慮するレベルなのだ。
美しい物を身につけるのは嬉しいのだが、異世界産のアクセサリーは様々な点で常識を軽く越えてくるので怖くもあった。
「……重いです」
見た目はガラスの靴、軽さはプラスチックな靴を履かされて、立ち上がろうとしたがよろけてしまう。
何が重いのか、聞きますか?
ドレスが重いのです、ド・レ・ス!
「アリッサのドレスは基本的に御方様が厳選した最高級品の素材を使って作られているから、あり得ない軽さなんだよ?」
「そうじゃな。ローザリンデ嬢が着る物なんぞは、国では最高級品じゃが、アリッサが着るドレスの軽く倍は重いぞ」
「ば、倍……」
華奢な令嬢とか物語の中でしかいないのではないかと思う。
このドレスの倍の重さを身に纏うなら、絶対に筋肉がつくはずだ。
そうに違いない。
「まぁ公爵令嬢ともなれば、スキルが充実してるんじゃないかな? 外見を美しく保ったまま、本人の負担も少なく、飾りに負けることなんてないよ、きっと」
あ、なるほど。
ここでもスキル。
常時発動する身体強化系とかかな?
確かに異世界なら何でもありかもしれない。
「アリッサでも簡単に取得できるじゃろうな。御方様が許可されるなら学ぶのも面白いと思うぞ」
却下ですよ、麻莉彩。
尋ねるでもなく声が聞こえた。
私と一緒のときならば考えますが、今は無理です。
瞬間的なものならいいのかしら?
それともアイテムを使うとか?
絶対防御がある限り、攻撃を避ける意味での身体強化は無用です。
こちらに戻ったときに影響がないとは言えませんからね。
そうなの?
ええ、検証がすんでいないのですよ。
なかなか、いませんからね?
異世界帰りの人間などというものは。
ははは。
ラノベならテンプレなんだけどね。
会話に一人頷いていると、雪華が問うてくる。