「許可が出たのなら教えるよ? 結構得意なんだ身体強化関係は!」
蛇と考えたら強そうな気はする。
「検証が完全じゃないから駄目だって。アイテムを使った短時間の強化も却下と言われたわ」
「慎重な御方様らしいのぅ。では残念じゃが、重いドレスにも耐えていただくしかないわな」
「残念! アリッサに教えるの、楽しそうだったんだけどなぁ……」
は!
雪華からそこはかとない脳筋の香りが……気のせいだよね?
「よし、できた! しかし、化粧いらずの肌だよねぇ、アリッサは」
「あら。二人だって必要ないでしょう?」
「我らの本体は人型でないからのぅ。変化する都度、最新で最高のものとして再構築されるから、そもそも無用じゃ」
「アリッサに使う前に試したりはするけどね。本来人の使う化粧品で肌が荒れはしまいが、何か仕込まれていたら困るからさ」
私に使われる何かに毒物が仕込まれる可能性は低い。
だが、皆無ではない。
愚か者は何処にでもいるのだ。
これから行く神殿にも結構多そうな気がする。
「……やはりベールはつけるべきじゃな。神職者でも簡単に籠絡される美しさじゃ」
「そうね短めのベールがいいわ!」
頷き合う二人が取り出したベールがティアラの上からふわりとかけられる。
裾にぐるっと百合モチーフのレースが縫い付けられている以外は、シンプルなベールだ。
しかし表情は見えない程度の効果はあるらしい。
軽微な隠蔽付与つきですよ。
夫が教えてくれた。
「最愛様! リンデにもベールをつけるように、御助言いただけませんでしょうか!」
着替えて部屋を出た途端、ヴァレンティーンに泣きつかれた。
双子コーデとでも指摘されそうな揃いのドレスに装飾品をつけていたローザリンデは、ベールだけをつけていない。
「アリッサ様の御尊顔を守り抜くためにも、私はつけない方がよろしいかと思ったのですが……」
女王即位がほぼ確定となっているローザリンデが顔を出していれば、私が隠していても良識的な神官たちならばケチをつけまい。
ただ厄介な輩が存在する以上、私がベールを外す流れになる覚悟はしているし、ヴァレンティーンの不安も理解できる。
「ここは未来の旦那様の意見を尊重してあげてもよろしいのでは?」
あからさまな表現にローザリンデは苦笑、ヴァレンティーンは飛び上がって喜んでいる。
控えていた騎士やメイドたちが驚いているところを見れば、ヴァレンティーンの態度が珍しいのだろう。
それだけ、ローザリンデが愛おしくて仕方ないのだと知れれば、甘い微笑も浮かぼうというもの。
大切な人が慈しまれているとわかるのは、嬉しいものだ。
「では、これをつけるとよいぞ」
彩絲がベールをヴァレンティーンに手渡す。
ヴァレンティーンはいそいそとベールを被せた。
「うん。これならば安心です。では、参りましょう」
ヴァレンティーンを先頭に、ローザリンデ、私が続く。
ローザリンデの両側には明らかに手練れとわかる老年の騎士が、私の両側には彩絲と雪華がついた。
神殿までは馬車を使うようだ。
さすがにモリオンとホークアイはいなかった。
代わりに純白の羽が美しい天馬《ペガサス》二頭が、装飾過多な馬車を引いてくれる。
有事の際は飛んで逃げてくれるらしい。
飛んでの移動も体験してみたいと告げれば、機会を設けてくれるそうだ。
ふとフェリシアにお姫様抱っこで飛んでもらうのも楽しそうだと思ってしまった。
負担が酷くないならこちらも頼んでみたい。
馬車の中で、神殿での注意事項や主立った重要人物などを教えてもらう。
曰く、おじいちゃん大神官は、神に仕える鑑のような善人。
そして、大神官の次に高位な、三人の神官のうち一人が超絶愚物とのこと。
しかも、大神官が引退したら次の大神官になりそうだというのだから、恐ろしい。
「二人の神官はどちらが大神官になっても問題ないので、奴だけを排除できればと考えております」
「主様と次期女王への不敬で、さくっと排除できるのではないのかのぅ?」
「そうできればと画策しております……不快な思いをさせてしまう可能性が高いこと、深くお詫び申し上げます」
揺れる馬車の中で、ヴァレンティーンが深々と頭を下げる。
「私は大丈夫です。アリッサ様、申し訳ございません」
ローザリンデも頭を下げた。
「頭を上げてください。きちんと説明をいただいていますから、大丈夫ですよ。いきなりだと少々不快だったかもしれませんが、事情も現状も理解しておりますから、そこまでへりくだる必要はありません」
「そう言っていただける御慈悲に感謝いたします。ですが、不快に感じた場合は即座に言葉や態度にしていただけると有り難いのです。知らぬうちに不敬を重ねていたなどという失礼は、絶対に避けねばなりません」
きちっと予防線を張ってくるヴァレンティーンは、一番にローザリンデを、次に国を大切にしているのだろう。
真摯な言動には好感が持てる。
彼ならば、私が多少の手助けをしたとて、つけあがるような真似はしなさそうだ。
「ええ、わかりました。特に神殿内では、そのように、いたしましょう」
好意にも悪意にも大げさな対応をする。
馬鹿ほど釣られやすい状況を作るのだ。
「御助力、大変有り難く感謝申し上げます。どうやら到着したようですね」
ヴァレンティーンが一番に降りる。
ローザリンデと私の下車に手を貸してくれた。
彩絲と雪華にも差し出したが、二人はそれぞれ違った笑顔と言葉で断っている。
守護獣に対する扱いは人それぞれだが、ヴァレンティーンは人型のときは高貴な女性として扱うと決めたらしい。
二人も楽しそうなのが良かった。
先触れをしてあったのだろう、大神官と神官二人が神殿の正門前まで出迎えてくれていた。
「時空制御師の最愛様、次期女王陛下に神殿まで足をお運びいただけました栄誉に、深く感謝いたします」
「……ありがとう」
「大神官フュルヒテゴット・キルヒシュラーガー様、お久しゅうございます。御健勝そうで何よりでございますわ」
「ふおっほ。何時でも神の御許に参る所存ではございますが、次期大神官が決まるまでは、そうも申しておれませんで」
門扉で話す内容ではないよね? と思っていれば、神官の一人が囁いた。
「大神官様、お話はお座りになってからがよろしゅうございましょう」
「急いては事をし損じる、とはよく言うものじゃしの。失礼を仕った。では、参りましょうかのぅ」
老齢とは思えない矍鑠とした足取りで先頭を歩く大神官を守るように歩き始める前に、二人の神官がこちらへ会釈する。
本当に困ったお爺ちゃんですみませんねぇ、といった身内にしか見せない微笑が浮かんでいる。
それだけで、神殿は安心して足を踏み入れられる場所かも? と思ってしまった。
フュルヒテゴットが精緻な装飾の扉に掌を翳すと、扉は音もなく開いた。
開かれた扉の向こうにはずらりと扉が並んでいる。
フュルヒテゴットは迷わず最奥まで足を運んだ。
入ってきた扉に似た、精緻な装飾が施された小さな扉に手を翳す。
やはり扉は音もなく開いた。
「綺麗な部屋……」
明かりが灯り、その明かりが光度を増す。
内装が見えるようになり、思わず声を上げてしまった。
小さな扉の向こうは驚くほどの広い間取り。
ざっと見ても四十畳くらいはありそうだ。
部屋全体が青と白で統一されている。
大きなテーブルに、ゆったりとしたソファ。
書棚や食器棚なども見受けられる。
ベッドを持ち込めば、すぐにでも生活ができそうな設えだ。
「ほっほっほ。最愛様にはお気に召していただけたようで何よりでございますのぅ。ルンベラン大神殿自慢の応接室ですわぃ」
「応接室……」
さすがは大神殿、御自慢の応接室。
王族とか高位貴族とかしか入れない場所なのだろう。
低い使用頻度とは思えないほど清潔が保たれている。
使われなくとも毎日のように丁寧な掃除がなされているに違いない。
少々豪奢だが、快適な空間だ。
心にゆとりができれば、話し合いが穏便なものになる気もする。
「茶の準備は、こちらのマテーウス・バルシュミーデがいたしますぞ。なかなか美味い茶を淹れますのでなぁ」
「最愛の御方様、ローザリンデ女王陛下、ヴァレンティーン王配様、守護獣様。不肖マテーウス・バルシュミーデが粗茶の用意をさせていただきます」
「御安心、召されよ! 大神殿の力を使いに使った、最高級茶葉でございますぞ!」
えっへんと自慢する白髪白髭お爺ちゃん。
きっと民にも好かれているだろう。
「ですから、そんな率直に、しかも自慢するものではございませんよ。大神官様」
「お主はかたいのぅ……カールハインツ」
「私がかたいのも、マテーウスが茶を淹れるのが上手なのも、全て大神官様のお導きの結果でございますれば?」
嫌味ったらしい物言いなのに腹が立たないのはどうしてだろう?
カールハインツから、フュルヒテゴットへの敬意と感謝が溢れ出ているからかな?
「最愛様、どうかカールハインツの御無礼をお許しくださいませんかのぅ。どうにもこの二人は私に対して無駄に過保護なのですじゃ」
「! 最愛の御方様、ローザリンデ女王陛下、ヴァレンティーン王配様、守護獣様には、大変な不敬を働いてしまいまして、申し訳ございません! 自分が愚かで精進が足りないだけでございます! どうぞ、全ての咎は私一人に! 伏してお願い申し上げます!」
ぴかぴかつるつるに磨かれた、美しい文様が施された床の上で、カールハインツが土下座する。
私は微苦笑を浮かべたまま、ローザリンデに頷いた。
「大神官様。彼の名前をお聞かせ願えますでしょうか?」
「ううむ。申し訳なかったのぅ。まず、私が二人を紹介せねばならんかったわい。彼の名前はカールハインツ・ギレンセン。マテーウスと同じで次期大神官の資格を持つ者ですじゃ」
「では、カールハインツ。頭を上げなさい。アリッサ様……最愛様は貴男を許されました。今後も貴男の個性を殺すことなく仕事に励むがよろしいですわ」
うん。
さすがのローザリンデ。
私が言いたかった点を余すところなく伝えてくれる。
「は。お言葉有り難く、女王陛下」
「ふふふ。まだ私は女王に即位はしておりませんわ」
「神殿はローザリンデ・フラウエンロープ様が女王陛下に、ヴァレンティーン・ローゼンクランツ様が王配になりますと、信じておりますぞ。ただ……大変申し訳なきことじゃが、一枚岩ではございませんがなぁ」
ああ、もう一人いるっていう次期大神官候補の駄目神官ですね。
わかります。
「それは神殿に限らずどこでも同じでございましょう。現在王族、高位貴族は荒れておりますもの。ですが、私やその両親、そしてヴァレンティーンやその両親は、神殿と今までにない良き関係を築きたいと思っておりますの」
「大変有り難いお申し出ですのぅ。神殿といたしましては、大神官である私、次期大神官候補である、マテーウスとカールハインツは良き関係が築けると信じておりますぞ」
「……誓いを立てましょう。誓書を交わしますか?」
ヴァレンティーンがずいと身を乗り出す。
すかさずマテーウスがお茶をセッティングした。
「まずは、お茶をいただきましょう、ティーン。神殿のお茶は美味しいと有名なのよ?」
「一部では、ですね。そもそも神殿のお茶を飲んだ人は少ない」
「はい。大神官様の御指示でしか、淹れぬお茶でございます」
気合いを入れて飲め! ってね?
言われなくても、そうしますとも。
心の中で鼻息を荒く頷けば、マテーウスが私を見つめる。
ローザリンデやヴァレンティーンに向けるのとは明らかに違う意味の眼差しだ。
大神官に向けていたのは献身と崇拝。
けれど私に向けられたのは崇拝と慈愛。
母が子に向ける当たり前の母性に近しいもの。
恋や愛ではないのは間違いない。
夫の声がしないからだ。
「最愛の御方様のお口に合えば嬉しゅうございます」
穏やかな美形と表現すればいいだろうか。
頑張れば凡人な自分でも、視界に入れてもらえるかも? と思ってしまう、親しみを覚える美形が、爽やかな微笑を浮かべている。
ここで、素敵! と思ってしまったら、夫の声がかかりそうだが。
私は思ってしまうのだ。
乙女ゲームでいそうな攻略対象じゃないけど攻略したいサブキャラ! と。
ええ、それでこそ、麻莉彩です。
私の最愛の妻ですよ。
あ、夫の声がした。
そう、大概の男性は乙女ゲームもしくはBLゲームのキャラクターとして、受け止めてしまうのだ。
女性は比較的、リアルな女性として受け入れられるのだけれど、男性は画面の向こうにいる相手として認識してしまう傾向にあった。
特に神殿と言われたら、ねぇ?
乙女ゲームの攻略対象として、よく取り扱われる職種なのだ。
妄想も捗る。