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追憶の探偵

6 - 1-case06 重たく暗い音

2025年01月01日

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ずっしりと重たい感じのメロディーが事務所内に響く。



「おい、朝から暗い曲弾いてんじゃねえよ」



事務所内は実はかなり広いこともありグランドピアノが置いてある。神津へのプレゼントだと神津の両親が贈ってきたものである。彼はお金持ちでもあったし、ピアニストを引退してからもその腕が鈍っていない。こうして、元プロの演奏が聴けるのは最高に得なのだが、如何せん音楽には疎く、今、神津が弾いている曲はただ重く悲しいものにしか聞えなかった。暖かな日差しが差し込む朝に弾くようなものじゃないだろと文句を言えば、神津の手が止る。



「春ちゃんこの曲知らないの」

「ああ?」



神津は椅子に座りなおすと鍵盤に指を置き、一音鳴らす。ポーンと軽やかな音が響いた。

そしてまた弾き始める。その曲は、聞いたことがあるような気がしたが、名前までは分からない。悲しくも優しい旋律。まるで神津のような、綺麗で繊細でそれでいて力強い音色。途中から鮮やかでテンポが速くなるが、その曲から漂う哀愁は消えることはなかった。



「ベートーヴェンのピアノソナタ第8番悲愴第1楽章。有名なのは第2楽章かな。でも僕は第1楽章の方が好き」

「へぇ……」

「僕みたいな曲だなって思ったんだ」



神津は、俺の方を見て、寂しげな笑みを浮かべて言った。

俺はその表情の意味が分からなくて、首を傾げるしかなかった。



「……どういう意味だよ」

「そのまま。悲愴って、悲しくて痛ましい様って言う意味だからね」

「はあ? お前に似合わねえだろ。もっと明るい曲弾け」



名曲なんだよ? と反論しつつ、神津はそうだね。とプッと笑った。



「…………春ちゃんは、僕のこと分かってないよね」

「あ?なんだそれ」

「なんでもなーい」



と、神津は笑う。


神津のことは分かりたくても分からないと思う。こいつはいつも何を考えているかわからないような顔して、愛の言葉さえ疑いたくなってしまう。見透かしたような瞳を向けるくせに、その瞳には俺がうつっているって言うのに悲しそうで、何を考えているのか分からない。

まるで、自分が孤独であるみたいな雰囲気をかもし出している神津に、俺は踏み込めずにいるのだろう。



「そういえば、春ちゃん依頼は~?」

「うっ……」



神津に言われ、俺は目を泳がせる。

神津の位置からじゃ俺の顔なんて分からないだろうが、全てを察した神津はあーといって、ピアノから離れ俺の方に歩いてきた。



「ソファに座ってるだけじゃ依頼来ないよ?」

「どうせ、依頼来ねえよ」



俺はふて腐れたように言う。

探偵業を始めたばかりというわけでもないのだが、俺の事務所に来る客は少ない。来るときは、本当に少ないのだ。

神津に関しては名のつく探偵だしここにいるって取り上げられたら、事務所に人が殺到するだろう。今現在殺到していないのは、神津がこの探偵事務所に所属している、ここで暮らしていると大多数の人間がいらないからである。

俺の事務所なのに、神津への依頼で溢れていたらそれはもう俺の事務所ではない。

神津は相棒ではあるが、助手ではない。互いに探偵という立場で独立していながら、互いを必要としている相棒、バディ……そして恋人である。

神津はソファに座っている俺を上からのぞき込みながら若竹色の瞳をクリクリとさせる。ビスクドールみたいな端正な顔はいつ見ても美しい。たらりと垂れた亜麻色の三つ編みはくすぐったく、俺は身体を捻った。



「ずっと座ってたら身体によくないから、ね。散歩にでも行こうよ」

「その間に依頼人来たらどうするんだよ」

「う~ん、じゃあ言い方変える。春ちゃん、デートしよう」

「……はぁ!?」



突然の誘いに思わず声を上げる。神津を見ると悪戯っ子のように微笑んでいた。



「いいでしょう? ほら、行こ」



神津はそう言って俺の腕を引っ張ると立ち上がらせる。



「ちょ、おい! デートってプランは!?」

「それ気にしちゃう? 別に良いじゃん、外に出て、いきたいところあればそこに行けば良い」



と、神津は言い出しっぺのくせにふわふわとした回答を返す。


いつも動機が唐突だ。

だがまあ、神津と出掛けるというのは嫌じゃない。俺は小さくため息をつくと神津と共に事務所を出て玄関へと向かう。



(忘れ物……)



先に靴を履いて玄関を開けた神津を追いかけようとしたが、俺は一旦足を止めカウンターに置きっ放しの拳銃を手にする。手入れを怠っていないそれは新品のように綺麗だ。

俺は寝室まで戻り、鍵をかけていた箱から弾を取りだして拳銃に装填する。一応保険だ。



「何やってるの春ちゃん、早くー」

「おう、今行く」



使うことがなければいいと思いつつ手放せないのは、「もしも」を想像してしまうからだ。

俺は、掛けてあった黒いスーツを羽織って神津の元へ向かった。

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