「デート先って、こんな近場の公園かよ」
「そうやって文句言う~」
神津と出掛けた先は、市では二番目に大きい公園だった。大きな池がありボートもあるらしい。
だが、俺たちの住んでいる捌剣市には大きな湖がありそこはデートスポットとしても有名だった。しかし、俺たちの事務所からは遠く、以外と田舎にある為進んでいくことはなかった。けれど、ボートに乗るというのなら、捌剣湖まで遠出をするのもありかと思った。神津が選んだのは近くの公園だった。
平日ではあったがそこそこに人がおり親子連れが目に入る。
「…………恥ずかしいだろ」
「何が?」
「こんな朝っぱらから、大の大人が二人でボートに乗るとか!」
「いや、別にボートに乗るなんてまだいってないじゃん。乗りたいの?」
と、やや冷ややかな目で神津は俺を見てきた。
てっきりボートに乗るものだと思っていたため、これでは一人ではしゃいでいるみたいじゃないか。
俺がむすっとしていると、神津はクスリと笑って俺の手を取った。
「ほら、僕達ってあんまり二人で出かけたことないじゃん。デートっぽいこともあまりできなくて……ちょっとからまわっちゃうぐらい許してよ」
「……神津」
俺の手を愛おしそうに撫でながら、神津は目を閉じる。
確かに、二人で出かけたこと何て数えるほどしかなかったと思う。出かけたといってもそれは神津の依頼に付合ったりとか、偶然依頼中に出くわして一緒に帰ったりとかだった。思えば、デートらしいことを、恋人らしい事をしてこなかった気がする。
(つか、恋人らしい事って何だ? 愛なんて人それぞれだろ)
それを言ってしまえば終わりなきがするが、世間一般で言う恋人の定義に俺たちは当てはまらないんじゃないかと思う。
離れていた期間が長すぎたせいで、未だに距離感が分からないのだ。
曖昧な恋人関係。
「別に空まわってねえよ……俺も分からねえし、お前の方がそう言うの得意だろ」
「確かに」
「おい、否定ぐらいしろよ」
そう言ってしまった勢いで、俺は神津の脇腹を肘で小突いた。痛いよと抗議の声を上げつつも、神津はこれからのデートのことを考えているのか頬が緩んでいた。
外に出てしまった以上、何もせず帰るのも勿体ないだろうしな……。俺はそんなこと思いながら池の方へ歩いていく。神津は俺に歩幅を合わせて隣を歩く。ふわりと香るシャンプーの匂いに、少しだけドキリとする。神津は俺より背が高い分一歩が大きい。だから、俺が追い付くまで待ってくれるのは嬉しかった。
「春ちゃん、あっちに行こ」
「ん?ああ」
神津は俺の手を引くと、池のほとりへと移動する。
木陰になっているベンチを見つけて腰を下ろすと、神津は「よいしょ」と言って俺の隣に座った。
「おい、なんで隣に座ったんだよ」
「え?だって、デートだよ。並んで座りたいじゃん。というかー、ベンチここしかないし。狭くないでしょ?」
神津の言葉に俺は一瞬呆ける。そして神津の顔を見ると、彼はふふんと鼻を鳴らしていた。
目の前の池にはボートが何台か浮かんでいて、水面を揺らしていた。カップルらしき男女が乗っているボートもある。
俺はチラリと神津を見た。整った顔立ちに、長いまつげ。艶のある亜麻色の髪に白い肌。改めて見ても神津は綺麗だと思う。そんな男の隣にいるのは可愛い女性でもなく俺な訳で、彼の隣を相棒と恋人、幼馴染みと独占している。
(ボーと乗りたいとか、乗ろうとか誘った方が良いのか?)
神津の横顔を見ていると、視線に気付いた彼がこちらを向く。
目が合うと、神津はニコリと微笑んだ。
「何?」
「いや、別に……」
「ボーと乗りたいの?」
「……別に、お前が乗りたいなら乗ってやらねえこともねえ」
「素直じゃないなあ」
と、言いながらも神津はクスクス笑っていた。俺の答えはお見通しだったようだ。
俺達はボート乗り場に向かうと、ボートに乗り込む。
ボートは思っていたよりも大きくて、俺と神津が二人で乗っても余裕があった。神津は俺の前に座り、オールを握る。
「じゃあ、行くね」
「おう」
ゆっくりと動き出したボートは、水面を滑るように進んでいく。風が気持ち良くて目を細めた。
三月中旬と言うこともあり、まだ寒さが残るものの春の兆しが見え始めている気がした。池にうつるに浮かぶ桜の木を見て、もうすぐ満開になるだろうなと思った。
「桜綺麗だね」
「満開になったらもっと綺麗だろうよ」
じゃあ、満開になったらまた来る? と神津は言った。俺はその言葉に答えることが出来なかった。ただ、黙って前を見るしか出来なかったのだ。
神津もそれ以上は何も言わなかった。
ただ、ボートは静かに進んでいった。
しばらく進むと、岸にたどり着いた。どうやら一周してきたらしい。俺がぼんやり桜の木を眺めている内に、神津が先に降りた。神津は振り返ると、俺に手を差し伸べる。
何だ? と思って見上げると、神津は優しく笑って口を開いた。
「僕春ちゃんのこと好きだよ」
満開ではない桜の木が風で揺れ、彼の亜麻色の髪を揺らした。向けられた満面の笑みと手を取りながら、俺は息をのむ。
「……知ってる」
――俺もお前が好きだよ。
そう、素直に言えたらどんなに楽だろうか。
俺の曖昧な返事に神津は少し困ったように笑うと、俺の手を引いてボートから降ろした。
「次は何処行くんだ?」
「ねえ、春ちゃん」
俺がそう尋ねれば、神津は言いにくそうに俺の名を呼んだ後唇を噛み締めていた。どうしたのかと、顔を覗こうとすれば、ゆっくりと顔を上げた神津が口を開く。
「僕がピアノをやめた理由教えたらさ、春ちゃんが警察やめた理由教えてくれる?」
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