夜のバー。カウンターの端で、琥珀色のボトルが静かに並んでいる。
「……で、なんで俺がてめぇなんかと酒を飲まなきゃなんねぇんだ」
「久々の再会を祝って、乾杯くらいしたっていいだろう?」
ブツブツ文句を言いながら、グラスを一気にあおる中也。
赤銅色の液体が喉を滑るたび、頬がほんのりと色づいていく。
その横で太宰は、相変わらずの薄い笑み。
まるで水でも飲んでいるかのように、静かにグラスを傾けていた。
「おい太宰、てめぇ、何本目だよ」
「さぁ……八杯? 九杯? いや、十? 覚えてないなぁ〜」
「はぁ?ンだよそれ」
「ふふ、相変わらず酔うのが早いねぇ中也。君、昔より弱くなったんじゃない?」
その一言で、彼のスイッチが入った。
「はぁ? 誰がだ、誰が! 上等だ太宰、勝負しやがれ!」
「また勝負?懲りないねぇ君」
「いいからやれ!」
──グラスが鳴る。
一杯、また一杯と。
テーブルの上はすでにグラスの墓場。
珍しく隣が静かだと感じ、太宰を見ると頬がほんのり赤くなっていた。
「おい太宰、てめぇ…酔っちまったのか?」
「ん〜? まだまだいけるさ。ただ、今日は回りすぎた」
と、今にも寝てしまいそうだ。
「……っ、やっとか。見たかよ太宰、俺はまだまだ余裕だぜ!」
「そぉ? 中也の顔、林檎みたいに赤いけど」
「誰が林檎だ! 五月蝿ぇ、見てろ!」
勢いでさらに飲み干す中也。
そのうち、視界が少し滲んできた。
太宰が指先でグラスをくるくる回している。
「はぁ…もう私は飲めない…これ以上飲んでしまったら意識を失いそうだ…悔しいけど…この勝負、君の勝ちだよ中也…」
カウンターに突っ伏す太宰。
完全に脱力して、ぐったりしている。
「……まさか、ほんとに潰れたのか?」
驚き半分、安堵半分。
中也は勝ち誇ったように笑った。
「へっ、ざまぁみろ……俺の勝ちだ、太宰!酒で勝負するなんざ、百年早ぇんだよ!」
そう言ってグラスを置いた瞬間、
ケロッとした顔で起き上がる太宰。
「ねぇ、中也。私が今までお酒で酔ったことあったっけ?」
「……は?」
太宰はにやりと笑っていた。
目は冴え冴えとしたまま、酔いの気配なんてどこにもない。
「なっ……お前、今まで酔ったフリしてたのか!?」
「うん。中也の“勝った顔”が見たくてねぇ」
「テメッ、殺すぞ!!」
バーの中に響く中也の怒号と、太宰の笑い声。
マスターがまたため息をつく。
「クソッ…!絶対勝ったと思ったのに…!」
酔っているせいか、本音がぽろりと出る。
太宰は中也のグラスに酒を注ぎながら、
いたずらっぽく目を細めた。
「でも――また勝負してくれるんだろ?」
「……当たり前だ。次は絶対、酔わせてやる」
ふたりのグラスが、夜の中で静かにぶつかる。
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