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新社長視点・外伝「最終的にねじ曲げなかった理由」
彼女は、制度を信じていた。
信じていた、というより
信じるしかなかった。
三十歳。
早生まれ。
ITベンチャーを立ち上げ、潰し、買われ、生き残った。
情で判断する経営者が、
どんな結末を迎えるかを、彼女は知っていた。
だから嫌いだった。
癒着。
例外。
「昔からこうだから」という言い訳。
故郷の有力な政治家の一人である真鍋慎太郎が嫌いなのも、その延長だった。
個人というより、
「仕組みを私物化する象徴」が。
ナコハを最初に見たとき、違和感があった。
優秀でも、無能でもない。
攻撃的でも、従順でもない。
場を壊さない人間。
それは、制度にとって一番扱いづらい存在だ。
「あなた、アタシと気が合いそうね!」
米の話をしたとき、
口から出たのは、本音だった。
だが、同時に警戒もした。
――この人は、制度を壊す。
善意で。
無自覚に。
しかも、誰にも恨まれずに。
ナコハが「選ばない」を試したとき、
新社長は止めなかった。
止めなかった理由は単純だ。
制度は、試されなければ意味がない。
結果、失われた人がいた。
どちらの分岐でも。
その事実に、彼女は目を逸らさなかった。
だから一度だけ、制度をねじ曲げた。
一度だけ。
その夜、彼女は眠れなかった。
「ねじ曲げない仕組みを、作らなきゃいけない」
ナコハが支える役から降りると言ったとき、
彼女は少しだけ、安堵した。
違う。
役割が違うのだ。
自分は、壊して作り直す側。
ナコハは、壊れない場所へ行く側。
それでいい。
基底の評価基準を見直すと宣言したのは、
逃げでも、敗北でもない。
覚悟だった。
もう一段深い面談
「あなたは、降りるつもり?」
新社長は、真正面から聞いた。
「はい。支える役から」
「逃げじゃない?」
「基準を持った結果です」
二人の間に、わずかな間が空いた。
この沈黙で、わかった。
彼女たちは、違う。
同じ方向を向いていたが、
立っている場所が違った。
外へ出る
少数精鋭経営推進法は、社会に拡張された。
ナコハは、会社を出た。
肩書きも、役割も持たず。
同じ時期、新社長は宣言した。
「評価判断基準を、ゼロから見直します」
外資他社との提携。
基底の再設計。
制度は、二度とねじ曲げなくてよくなった。
終章 私以外居なくなってた
振り返れば、充実していた。
気分のいい職場。
毒にならない仲間。
美味しい社食。
そして今。
私以外、居なくなっていた。
それは、孤独ではなかった。
初めて、自分の基準で立っている感覚だった。
「今まで、何を遠慮してきたんだろうね」
ナコハは、そう呟いて歩き出した。
ナコハ、会社の外で
朝は、静かだった。
アラームは鳴らない。
社内チャットも、鳴らない。
ナコハは、少し遅めに起きて、
コーヒーを淹れた。
誰の顔色も思い浮かばなかった。
昼前に、散歩へ出る。
平日の昼間の街は、
働いている人と、働いていない人が、
不思議に溶け合っている。
輪っぱの弁当箱は、今も使っている。
一人分を詰めるのは、
相変わらず、楽だった。
「支えなくていい」
それが、こんなにも身体を軽くするとは、
思っていなかった。
夕方、少しだけ、胸が痛んだ。
あの人は、今どうしているだろう。
新社長は、まだ戦っているだろうか。
でも、戻りたいとは思わなかった。
これは、逃げではない。
初めて、
自分の基準で、立っているだけだ。
ナコハは、空を見上げた。
誰もいない。
だから、自由だった。
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