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あいうえお
118
るしゅ
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「勇信さん……。あなたはいったい何人?」
菊田星花の口から飛び出したのは、勇信にとってあまりに衝撃的な言葉だった。
プラスマイナスはあまりの驚きに、すぐには反応できなかった。
ただ表情を隠すように、高い天井を見つめる。
腕時計を見てから、壁にかかる時計を見た。
それからスマートフォンを取り出し、時間を確認した。
予想していたのとはまったく違う展開が、ここにはあった。
「何人ってどういうことだ? 抽象的すぎて意味がよくわからないな」
プラスマイナスは一旦、時間稼ぎに走った。
星花はただ静かに座っている。
彼女はパニック障害を発症して以来、感情をあまり表に出さなくなった。
いつも穏やかに話し、ときには乾いたように表情を変えない。
努力して作りあげた性質が、すでに彼女にとっての普通となっていた。
「具体的に話したいけど、これを説明するには、もっと抽象的になりそうなの」
星花が少し悩みながら放った言葉に、プラスマイナスは安堵のため息をついた。
少なくとも、具体的な何かをつかんではいないことがわかったからだ。
「ひとつひとつ、ゆっくり説明してくれ。そうでなければ星花の抽象的な言葉の中から、うまく輪郭を捉えられないだろうから」
プラスマイナスは再びスマートフォンを確認した。
他の勇信たちとの通信は、しっかりとつながっている。
「わかったわ。頭の中で少し整理するから待ってね」
星花は指で毛先をくるくると回しながら、考えはじめた。
「相変わらずだな、その癖。どうしてそんなに悩んでるんだ? 何か強く思うところがあるのか?」
「あるに決まってるじゃない」
星花があきれたように言った。
「勇信さん、自分が今日何を言ったか、胸に手を当てて考えてみてよ」
「まあ、そうだな……。とにかくそれはそれとして、ちゃんと説明してくれないか。俺が何人いるって聞いたのは、どういうことだ」
「さっきも言ったけど、とても主観的で抽象的な話になるわ。うまく紐解いて理解してもらえるかな」
「やってみる」
「うん」
星花は小さくうなずき、周囲を一度確認してから話しはじめた。
「私は発病してから、ある才能を開花させたわ。人を色で区分できるようになったの。正確に言うなら、人が持つそれぞれの色が見えるようになった。ある人は赤で覆われているし、またある人は薄い青に囲まれている。そんなふうにね」
「色のついたオーラみたいなものが見えるって意味か?」
「ええ、まさにその通りよ。赤い人はいつ見ても赤いし、青い人はいつ見ても青い。人の顔が簡単には変わらないように、色彩もいつだって同じなの」
星花は店内へ視線を向けた。
「あっちを見てくれるかな。あの店員さんは少しオレンジがかった色を帯びているわ。この前ここに来たときもそうだったし、今日も同じ」
「なのに俺は違うってわけか?」
「ええ。勇信さんだけは、会うたびに色が違った。それも、最近になって急に」
「正確にはいつから?」
「これに関しては、抽象的じゃない答えがあるわ。勇太お兄ちゃんの事故があったあとからよ」
兄の勇太が死亡した直後に、勇信は増殖をはじめた。
ブルースからはじまり、今では9人の勇信がこの世に存在する。
「葬儀が終わって数日後に、うちを訪ねてきたな。その日の俺は、いつもと違う色を帯びていたってことかな?」
星花の話は、あまりにも非科学的だった。
しかし真意を突いているようにも思える。
ただし、勇信が物理的に増えたという事実までは至っていないようで、プラスマイナスはどうにか平静を保つことができた。
「うん、違ったわ。どんよりと濁った茶色だった」
あのとき星花を相手にしたのは誰だったか。
当時まだキャプテンだったプラスマイナスは、トレーニングルームに隠れてスマートフォン越しに会話を聞いていた。
「その次に会ったときも、また違う色だったのかな?」
星花の父である警察庁長官、菊田盛一郎と一緒に食事をした日だ。
出席したのは、たしかポジティブマンだった。
「黄色よ。すごく明るくて、肯定的な黄色」
「何だ? どうしてそんなに具体的なんだ」
「色にだって表情はあるわ。人間ほどじゃないけど、愛犬が見せるくらいの表情がね。間違いなく、あの日は明るい黄色を帯びていたわ。メモを取ってるから間違いない」
星花はスマートフォンを見つめながら話した。
「濁った茶色から、明るい黄色か。勇太兄さんの件で星花の心理状態も不安定だったから、そんなふうに見えたんじゃないのか?」
星花は小さくため息をついた。
「人が持つ色が見えるようになってから、もう何年も経つのよ。自分の能力の特色や範疇くらいは、完全に把握しているわ」
「なるほど。他人の色は変わらないのに、俺だけが会うたびに変わっていた。それも兄のニュースが流れてから急にそうなったってわけだな」
「あまりに明らかな変化よ。だから勇信さんのことを、心から心配したわ」
「色が変わったらどうなる?」
プラスマイナスは、緊張から強く手を握った。
まだ確信はない。
しかし仮に星花の能力が本当なら、いつかは真実にたどり着くだろう。
そうなると――。
「色が変わる人なんて、勇信さんを除いては誰もいない。だからたぶん勇信さんは――」
星花はそれ以上の言葉をためらった。
「嘘なく、すべて話してくれ」
「勇信さんは多分――」
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