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【第五話:逃亡の果て、退路なき対峙】
「よし、今夜もばっちり……っと!」
次の予告現場。警備の陣形に松田陣平の姿がないことを確認していた黒羽快斗は、いつも通り余裕の笑みで獲物を盗み出し、ハンググライダーで夜空へと飛び立っていた。
背後の追手はとうに引き離している。
あのお巡りさんがいない現場なら、恐れるものは何もない。快斗は一安心しながら、予定していた人気の無いビルの屋上へと滑空し、着陸のために翼を畳んだ。
タッ、と静かにブーツがコンクリートを鳴らす。
「ふぅ……。さて、早く着替えて帰らねぇと、青子に怪しまれ――」
「――おい。待ちくたびれたぜ、怪盗さんよ」
暗闇から響いたその低い声に、快斗の全身の血が凍りついた。
ゆっくりと振り返る。
ビルの給水塔の影から歩み出てきたのは、いるはずのない男――黒いスーツを翻し、サングラスを外した松田陣平だった。
「なっ……なんで、あんたがここに……っ!?」
驚愕のあまり、いつものキザなトーンが崩れそうになる。松田は最初から現場の警備には加わらず、キッドの風向きと逃走ルートを完全に予測し、このビルで先回りしていたのだ。
「悪いな。お前が俺を見て日和るってんなら、最初から隠れてるのが一番確実だと思ってよ。……さぁ、今夜こそ大人しくお縄に――」
「おっと、そうはいきませんよ!」
ハッと我に返った快斗は、すぐさま懐から手投げ式の閃光弾を取り出し、足元へ叩きつけた。
凄まじい光と煙が屋上を包み込む。
(これで見失っている隙に、もう一度フェンスから飛び降りて――)
快斗が反転し、フェンスへと全力で地を蹴った、その瞬間だった。
ガシィッ!!!
「嘘だろっ!?」
煙を突き破り、恐るべき反応速度で突っ込んできた松田の手が、快斗の白いマントの端をガッチリと掴み取った。
常人なら視界を奪われ、一歩も動けないはずの閃光の中で、松田は持ち前の野生的な勘と異常な身体能力だけで、キッドの動線を完璧に捉えていたのだ。
「逃がさねぇって言ってんだろ!」
強烈な力で引っ張られ、快斗の身体が宙でたたらを踏む。マントの金具が引きちぎれるような鋭い音が響き、快斗は強引にコンクリートの床へと引き戻された。
そのままフェンスを背にする形で、完全に退路を塞がれる。
ハンググライダーを広げる隙も、距離をとる余裕もない。
眼前には、鋭い眼光で自分を睨みつける命の恩人。
「……ッ!」
快斗の右手が、無意識にポケットのトランプ銃にかかる。
引き金を引けば、ゼロ距離でカードが放たれ、松田の手を怯ませて逃げることができるかもしれない。
だが――その指先が、どうしても動かなかった。
もし、当たり所が悪くて目を傷つけてしまったら?
もし、この人をビルから転落させるようなことになってしまったら?
自分の命を救ってくれた、世界で一番大切な、誇り高き警察官。彼を傷つける可能性が万が一でもあるマジックを、快斗のプライドと心が、どうしても拒絶してしまう。
トランプ銃を握ったまま、引き金を引けない右手が小さく震える。
カツン、と松田が一歩、距離を詰めた。
月明かりの下、遮るもののない屋上で、二人は一対一で完全に組み合える距離のまま、じっと向き合っていた。
余裕の仮面を剥ぎ取られたキッドと、すべてを見透かそうとする松田の視線が、静かに交錯する――。
コメント
2件
松田さんは怪盗キッドの正体を知ったらどういう行動に移るんだろう…
いやあ、めちゃくちゃ痺れる展開でしたね…!松田がキッドの逃走ルートを完全に読んで先回りしてたっていうのがまずカッコよすぎる。あの閃光弾を破る反応速度、さすが元爆処のプロって感じです。でも何より、追い詰められたキッドがトランプ銃の引き金を引けなかった理由――「この人を傷つけたくない」っていう心情が本篇の積み重ねを感じさせて、胸にきました。命の恩人との対峙、この先どうなるのか気になりすぎます…!