それから数日後の出来事。
ジーク「…なんでそんなにため息を?」
ノア「過労?」
ルスベスタン「いや…それも確かにありますけど…まだ結構元気な方で…少しそれとは心配事がありまして。すみません、気まずいですよね。」
ジーク「かなり。疲れたし1回休憩しようぜ。で?心配事って? 」
ルスベスタン「そうですね。あのー…ローズ殿下の件があったじゃないですか。身体が別のヒトなので、 身内と話した方がいいってことで、今各地に散らばってる仲間にここに来るよう言われてて、 呼び掛けてるんですよ。」
ノア「中々来ないとか? 」
ルスベスタン「いやそんなことはなくて…一人は、もう明日か明後日くらいには来るんですよ。ただ…その来る人が問題で。」
ノア「…仲間なのに?」
ルスベスタン「仲間だからこそですかね…。手紙で念押ししましたけど、うっかり自分の名前をしょっちゅう出しそうで…!」
ジーク「本名を出しちゃいけないって大変だな…。俺に出しても良かったのか?」
ルスベスタン「あれは出さないと信用されませんでしたし…というかそれだけじゃないんですよねぇ…。あのヒト、良くも悪くも子供をやたら気にかけるんですよ。」
そう言いながら、ルスベスタンはジークの方を見る。
ジーク「気にかけるだけだろ?何が問題なん…」
ルスベスタン「ジークさん。」
ジーク「なんだよ改まって…」
ルスベスタン「あのホントに、死にたくなかったら、ハピィというヒトからの手料理は絶対食べないでください。断れなかったら自分を呼んでください。いやもうホントに。あのヒト料理音痴の自覚ないんです。」
ジーク「お、おぉ…分かった…。」
ルスベスタンの鬼気に押され、ジークは大人しく頷く。
ノア「料理音痴って言っても死ぬは流石に大袈裟じゃない?」
ルスベスタン「あのヒトの手料理を食べたことないから言えるんですよ…。そんなこと。」
ノア「…なんかさ、そこまで言われると…」
ジーク「分かる。逆に食べたくなる。」
ルスベスタン「マジでやめてください。もぎ取りますよ。 」
ジーク「どこを…!?」
アリィ「はい。ここに置けばいいの?」
ニャヘマ「ええ。ごめんなさい、手伝ってもらって。今は1番力のあるキール兄さんも、ルスベスタンさんも居ないから…。本当は男の子の方に頼もうと思ったんだけれど… 」
アリィはニャヘマに頼み込まれ、ニャヘマと2人で大きな木箱を運んでいた。
アリィ「ううん、大丈夫。それより…その…」
ニャヘマ「…そうね。気まずくないと言ったら嘘になる。…私は悪魔が嫌いで、貴方達は悪魔を庇って。」
アリィ「……。」
ニャヘマ「別に貴方に怒ってるわけじゃないの。悪魔にだって…八つ当たりしてるだけ。」
アリィ「八つ当たり…」
ニャヘマ「私が悪魔を憎んでいるのは、残された家族との仲に溝が出来てしまったから。…でもそれは、私が早々に諦めてしまったから。ニェヘマがしてくれたように、私も諦めずにいたら、何か変わったのかもしれない。」
アリィ「…そう。」
(諦めないことが、必ずいい事に繋がるなんて…物語の中だけ。…実際はずっと疲弊だけが付きまとうのによく言うよ。)
ニャヘマ「ありがとう、助かったわ。」
アリィ「どういたしまして。ところで…これ凄い重たいけど何?」
そう言い、アリィは置いた木箱を指さす。
ニャヘマ「ああそれは…全部食材よ。」
アリィ「…こんな買い込んだら食べ切る前に腐るんじゃ…」
ニャヘマ「うちの子皆育ち盛りだから全然。むしろ足りないくらいよ。」
アリィ「ひえぇ…。」
ニャヘマ「ニェヘマのこと、悪く思わないでちょうだい。あの子はただ、私のために怒ってくれてるだけだから。」
アリィ「…ごめんそれは無理。 」
ニャヘマ「…そうよね。」
アリィ「あ、ごめん。言い方が悪かったね。別に私達に対して怒りを抱くのは別に特段不思議じゃないし、当たり前だと思う。その事じゃなくて…なんでこれ運ぶの手伝わないの?女の子一人にやらせる量じゃない。」
ニャヘマはぽかんとした表情を見せたかと思えば、突如思い切り笑い出す。
ニャヘマ「あはは!貴方、意外と面白いのね。久しぶりにこんなに笑ったかも…。見てみる?そしたら分かるわ。」
アリィ「…いいの?」
ニャヘマ「ええ。ニェヘマが何か言うでしょうけど、無視でいいわ。」
ニャヘマに促されるままに、アリィはニャヘマ達の家に上がる。
ニャヘマ「ただいま。」
メシェネ「あ、おかえりニャヘマ。食べ物大丈夫だった?」
ニャヘマ「知り合いに助けてもらったから大丈夫よ。心配してくれてありがとう。…乾いた? 」
ニャヘマはメシェネの抱えてる大量の服を見てそう問う。
メシェネ「いや全然。…やっぱりルスベスタンさんに頼んで国外か恒陽国で干してもらった方がいいよ。 」
アリィ「洗濯物?」
ニャヘマ「ええ。永夜国じゃどうしても乾きにくてて。今までは連日干してたんだけど…」
メシェネ「家族が減ることはなくても、増えることはあるからね。ちょっと物干し竿が既に圧迫されてて…ニャヘマを手伝ってくれたのはお姉ちゃんだよね?ありがとう。俺はメシェネ。 」
アリィ「どういたしまして。私はアリィ。…確認なんだけどメシェネ…君でいいんだよね…?」
メシェネ「大丈夫あってるあってる。」
ニャヘマ「ニェヘマは?」
メシェネ「ネアと一緒に夜ご飯作ってるよ。 」
ニャヘマ「そう。ニャヘマー?」
ニャヘマはアリィを連れ、家の奥に行きニェヘマを呼ぶ。
ニェヘマ「ニャヘマ。おか…正気?」
ニェヘマはアリィを見て怪訝そうな顔をする。
ニェヘマ「ニャヘマも分かってるでしょ?ソイツは悪魔だ。あの時は黒い奴だけが悪魔だと思ってたけど…」
アリィ(黒いやつ…ジハードのこと? )
ニェヘマ「ソイツは擬態型だ。僕らと同じ魔力の感覚がする。その腕を退けて。ニャヘマは騙されてる。」
ニャヘマがそう凄むが、アリィを庇うように出した片腕を一向にしまわない。
ニャヘマ「ええそうね。私も彼女も、擬態型のただの悪魔。ヒトになんてなれない。」
ニェヘマ「違っ…ニャヘマは違う…!」
ネア「……。」
ニェヘマの横にいた幼い少女は、ニャヘマとニェヘマを不安そうに交互に見る。
ネア「け、喧嘩…?」
その目には涙が溜まっており、今にもこぼれ落ちそうだった。それを止めたのは第三者であったはずのメシェネだった。
メシェネ「けっ、喧嘩じゃないよ!大丈夫。少し話し合いしてるだけだから。あっちで俺と一緒に遊ぼう?な? 」
見れば洗濯物を入れた籠が放り出されていた。恐らく大慌てで飛び出してきたのだろう。
メシェネ「ニェヘマ。このお姉ちゃん、ニャヘマを手伝ってくれたらしいんだ。怒るな、なんて言わないけど…ネアには見せないでくれ。分かってるだろ?俺が言ってること。」
ニェヘマ「…そうですね。すみませんでした。」
メシェネ「俺はいいよ。ネア何して遊びたい? 」
メシェネはそのままそそくさとネアを連れ、別室に行こうとする。
???「洗濯物は私がやっておくから。 」
メシェネ「お願い、ユウフェン。」
ユウフェンと呼ばれた女の子は、別室から出てきて散らばった洗濯物を片付ける。
ニャヘマ「ね?あんな大量に料理しなきゃいけないから、ニェヘマは手が離せなかったのよ。」
アリィ「え、この状況で話を続けるの…??な、納得はしたけども…。」
ニェヘマ「何の話を…」
ニャヘマ「彼女にニェヘマのことを悪く思わないで欲しいって言ったのよ。そしたらそれは出来ないって。」
ニェヘマ「そうだろうね。」
ニャヘマ「ええ。彼女はこう答えたのよ。あんな重たい荷物を女の子1人に運ばせようとする奴を、悪く思わないのは無理だって。」
ニェヘマ「そう。」
ニャヘマ「さぁ、可愛い片割れの誤解も解いたし、私達はお出かけしてくるわ。」
アリィ「え、ちょ…」
ニャヘマに流され、アリィは外へと出る。
アリィ「確かにあの人が悪くないのは分かったけど…なんで?」
ニャヘマ「なんでって何が?」
アリィ「いや…私”達”って…これ以上一緒にいる理由は別にない…」
ニャヘマ「あるわよ。家族が無礼を働いたら謝るのは当然の努めだもの。ごめんなさい、手伝ってもらったのに不快な思いをさせて。」
そう言い、ニャヘマは頭を下げる。
アリィ「…不快な思いも何も…」
ニャヘマ「貴方が以前外で食事をしているのを見かけたの。貴方はきっと私と同じ。そうでなくても、なんのメリットもないのに手伝ってくれたんだもの。」
アリィ「…別にいいよ。 あれで不快になったりしないよ。言われ慣れてる。」
ニャヘマ「…そう。ねぇ、私の話聞いてくれる? 」
アリィ「何の話かによるけど…」
ニャヘマ「誰が悪い…じゃないわね。誰が憎い? 」
アリィ「…それは…憎いだけの話なら、私は全員が憎い。 」
(両親を殺したヒトも、両親を殺すきっかけになったイドゥン教信奉者全員も、アマラやジークのような…諦めさせてくれないヒトも。)
そうやって憎み続けなければ、きっと私の心は今頃ボロボロに朽ちていただろう。
ニャヘマ「…やっぱり私と同じ。私達、もっと別のところで会えていれば、お友達になれたかもしれないわね。」
アリィ「…どうかな。」
ニャヘマ「勝手に心が軽くなったから、勝手にお礼を言っておくわね。ありがとう。」
アリィ「…どうも。私は帰るから。」
ニャヘマ「ええ、さようなら。」
アリィ「…ああ、そうだ。」
ニャヘマ「?」
アリィ「ぎっくり腰って、年齢関係ないらしいよ。ニャヘマさん。」
ニャヘマ「ご忠告どうも。気をつけるわ。」
アリィ「ただいま。」
ジーク「アリィ、大丈夫だったか?」
アリィ「うん。」
ノア「良かった。あんまりお互い印象良くなかったし…」
アリィ「いきなり手伝って欲しいって言われたのは、びっくりだけどね。特に何事も無く2人で木箱を持って行ったよ。…で。ジークはサボり? 」
ジーク「サボりじゃなくて休憩だ。」
アリィ「へぇ〜?」
ルスベスタン「ほんとですよ。」
アリィ「そっか。どう?特訓の成果は。」
ジーク「いや全然上手くいかな…」
ルスベスタン「何言ってるんですか。かなり上達の早い方ですよ。自分なんか上達に10何年かかったんですから。スポンジみたいな吸収率の高さですよ。子供ってすごい。」
ジーク「…あれは攻撃が当たったとは…」
ルスベスタン「ああ、最初の特訓を引きずってるんですか。なんでもいいから自分に攻撃を当てて下さいって言ったものですね。」
ジーク「ああ。」
ルスベスタン「確かに掠っただけですよ。でも当たった事実に変わりは無い。それに最初の特訓はあくまで強くするためのものじゃありません。」
アリィ「え そうだったの?」
ルスベスタン「はい。あれはジーク君の現状の実力を測るためのものです。どこで手加減すべきかとかね。見誤って大怪我を負わせたらいけませんから。休憩は終わりです。続きをやりますよ。」
ジーク「分かった。」
ルスベスタン「あ、そうだ。ノアさんからお願いします。」
ノア「ん、あぁはーい。」
アリィ「何の話?」
ノア「えっとね、さっきまで話してたんだけど、もうすぐルスベスタンの家族が一人、この国に来るんだって。」
アリィ「…タンザさんの処遇で?」
ノア「そう。なんだけど…凄い子供が好きな人みたいで…色々食べ物とかくれるかもしれないんだけど…」
アリィ「うんうん。」
ノア「手料理は絶対食べちゃダメだって。ルスベスタンが言うには、死ぬって。運が良かったら気絶。」
アリィ「死…!?い、一体何入れたらそうなるの…?」
ノア「…知らない方がいいこともあるんじゃないかなぁ。」
アリィ「もしかして覗いた?」
ノア「覗いてないけど…知らない方がいい気がする。」
アリィ「そ、そうなんだ…。」
ジーク「いっ…!!」
ジークの小さな悲鳴が聞こえ、アリィは慌てて悲鳴の出処を見ると、左手を抑えているジークが居た。
ジーク「すげぇジンジンする…」
ルスベスタン「怪我はしないよう加減したつもりですけど…当たり所が悪かったです? 」
ジーク「いや怪我はしてない…。」
アリィ「今って何の訓練をしてるの?」
ノア「今はね、視覚にだけに頼るのを辞めようとしてるかな。目を閉じて音だけ聞いて、ルカの攻撃を1分間避け切るっていう。」
アリィ「それでジークは自信が無いんだね…。今何秒まで出来てるの?」
ジーク「最高で…じゅ、12秒…」
そう言い、ジークは少し落ち込む。
アリィ「動き見てる限りだと、私ならきっと2、3秒が限界だもん。ジークは凄いよ。 」
ルスベスタン「ほらアリィさんからもお墨付きですよ。確実に秒数は伸びてますから。」
アリィ「ルスベスタンさんって褒めて伸ばすタイプなんだ。」
ルスベスタン「逆にどんなタイプだと…?」
アリィ「ヒトの良さそうな顔して、すごい遠回しな罵倒してきそうなタイプかと。」
ノア「あはは!!」
アリィの回答を聞き、ノアは大笑いする。
ルスベスタン「ちょっと!」
ジーク「……。」
ルスベスタン「今の教え方はあまり合いませんか?合わないようであれば…」
ジーク「いや大丈夫。ただ…じいちゃんと教え方が似てるから…」
その先の言葉は口にしない。ただ思うだけ。
ジーク(どこかで血が繋がってるんだな。)
アリィ「あ、そうだ。」
ノア「どうしたの?」
アリィ「ジークに渡したいものがあって。アマラと一緒に選んだんだ。」
ノア「なになに?」
アリィ「ナイショ。15秒避けきれたらご褒美にあげる。」
ジーク「…マジで…?」
ルスベスタン「1番身近なヒトが敵でしたね。」
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