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春の光が校舎の窓を透かしていた。
風が通るたびに、桜の花びらがひらひらと制服の袖に触れては離れていく。
その感触がやけに遠く感じた。
人の声、笑い声、拍手の音。
全部、どこか現実のものじゃないようだった。
俺は人混みの中で何度も辺りを見渡した。
あの人を探していた。
どこかに、きっといるような気がして。
けれど、どこにも姿はなかった。
壇上に立つ先生の声も、隣で泣いている友人の嗚咽も、全部遠くに霞んでいった。
――どうして、いなくなったんだろう。
最後にちゃんとお礼を言いたかった。
助けてもらって、支えてもらって、
それでも何も返せないまま終わってしまった。
俺は手の中に握ったままのキーホルダーを見つめた。
背中に「楽山」と書いてある。彼の誕生日にあげたキーホルダーだった。
楽山が俺を助けてくれた次の日、彼がなくしたと騒いでいたのを思い出した。
それを思い出した瞬間、胸の奥がきゅっと痛んだ。
花びらが舞って、視界が白く滲む。
涙が出そうになるのを必死で堪えた。
泣くのは、もう終わりにしたかった。
それでも、心のどこかで信じていた。
いつか、またどこかで会えるような気がしていた。
その出来事から二年が過ぎようとしていた。
大学生活は、思っていたよりも早く過ぎていった。
新しい友人ができて、授業に追われて、気づけば季節が何度も変わっていた。
それでも、忘れたことは一度もなかった。
夜道を歩いているとき、街灯の下でふと足を止める。
あの人と並んで歩いた記憶が、胸の奥で小さく息をする。
あの人の笑い方。
冷静なのに、どこか優しい声。
自分を見つめるあの瞳の奥に、何があったのかを、
結局俺は何も知らなかった。
もしもう一度会えたら、
そのときは、ちゃんと伝えようと思っていた。
ありがとう、と。
そしてもう一つ――その先の言葉も。
そんなことを考えていたある日、講義室の扉が開いた。
誰かが入ってくる気配に、何気なく顔を上げた瞬間、
呼吸が止まった。
教壇の前に立つその人は、
少し背が伸びて、大人びた雰囲気を纏っていた。
でも、その目の奥の静けさは、変わっていなかった。
「……久しぶり。」
声が震えた。
彼は、穏やかに笑っていた。
何も言えなかった。
言葉より先に、涙が出そうになった。
あの春の日に言えなかったことが、
胸の奥から溢れそうになっていた。
――あぁ、本当に、また会えたんだ。
世界の音が少しだけ戻ってくる。
周囲のざわめきも、外の風の音も、
すべてが彼の存在に溶けていった。