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白山小梅
白山小梅
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第29話(ひより視点)
教室のざわめきが遠くに聞こえる。
ひよりは席に座ったまま、胸の奥がじわりと重くなるのを感じていた。
佐伯が近づいてくる気配がした瞬間、
背中が強張った。
「……ひより、ちょっと話せる?」
その声を聞いただけで、あの日の痛みが一気に蘇る。
ひよりは顔を上げない。
上げられない。話したくない。聞きたくない。
近づかないでほしい。
それだけだった。
けれど佐伯は、 ひよりの沈黙を“返事”だと勝手に解釈して、
さらに一歩踏み込んでくる。
「逃げられると……辛いんだよ」
その言葉に、
ひよりの呼吸が止まった。
逃げる? 誰が?何から?
ひよりはただ、自分を守っているだけ。
傷つけられた場所から距離を置いているだけ。
それを“逃げる”なんて言葉でまとめられる筋合いはない。
胸の奥がぎゅっと痛む。
でも、言葉が出ない。
ひよりは悪くない。
悪いはずがない。
それでも、声が出ない。
そのときだった。
「ひよりは逃げてないよ」
陽の声が、
ひよりのすぐ横から落ちてきた。
静かで、でも揺るぎなくて、
ひよりの震えた心にそっと触れるような声。
陽はひよりの前に立ち、
佐伯をまっすぐ見た。
「逃げてるんじゃなくて、距離を置いてるだけ。
それはひよりの権利だよ」
佐伯が言葉を失う。
陽は続ける。
「ひよりが話したくないなら、話さなくていい。
会いたくないなら、会わなくていい。
それを“逃げる”なんて言葉で片付けるのは違う」
ひよりの喉が熱くなる。
陽はひよりの方を向き、
目線を合わせることはしないまま、
そっと言った。
「ひよりは悪くないよ」
その一言で、
ひよりの胸の奥に張り付いていた重さが、
少しだけほどけた。
佐伯は何も言えず、ただ立ち尽くしていた。
陽はひよりの机に手を置き、
静かに言う。
「無理しなくていい。
ひよりが嫌なら、俺がここにいる」
ひよりは小さく頷いた。
逃げてなんかいない。
守っているだけ。
自分の心を。
その当たり前のことを、
陽が言葉にしてくれた。
ひよりは、
ほんの少しだけ息がしやすくなった。
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