テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
昔々あるところに、一人の男が居ました。 男は優れた剣士であり、鍛え抜かれた赤銅色の屈強な肉体と、白銀の美しい長髪の持ち主でした。
武者修行の旅に出た男は、沢山の闘いを経験しました。
四本腕の斧使い、ケンタウロスの射手、半人半虎の武術家——とにかく、ありとあらゆる猛者と闘いました。
男は若い頃に悪魔と契約をし、不老不死の体となっていました。
腕を斬られれば腕が生え、首を斬られれば首が生えました。
そうして敗北を知ってなお生き残ることにより、男は少しずつ強くなっていきました。
ある時のことです。
男は半竜族の剣士と闘い、体を縦に、真っ二つに斬り裂かれてしまいました。
少ししてから、男はいつもの様に復活を遂げました。
その時には既に、自分を倒した剣士はその場を立ち去っていました。
負けるのは久しぶりでした。
その頃には、男の強さは相当なものになっていたからです。
とある王族などは、彼の剣の腕に惚れ込み、ぜひ自分の家来となってほしいと頼むほどでした。
しかし、男は富や名声には興味はありませんでした。
彼の興味はただ一つ。
果たして自分はどこまで強くなれるのか——ただそれだけだったのです。
自分はだいぶ強くなった気でいたが、世の中にはまだあんな達人がいるのか。
やはり、世界は広い。
そんなことを考えながら、嬉しさ半分、悔しさ半分で立ち上がろうとしたその時です。
男は、奇妙なことに気がつきました。
いつからそこに居たのか——自分と同じ姿をした男がもう一人、傍に立っていました。
向こうもこちらを見て、同じように驚いているようでした。
そうです。
なんと綺麗に真っ二つにされたことによって、男の右半身からは左半身が、左半身からは右半身がそれぞれ生えてきたのです。
二人は大層喜びました。
自分の全力をぶつけることのできる、この上ない修行相手ができたからです。
彼らは斬り裂かれた際、右半身だった方を〝右〟、そして左半身だった方を〝左〟と呼ぶことにしました。
やがて〝右〟と〝左〟は、人の近寄らない魔の樹海の奥へと、二人並んで消えて行きました。
それから長い長い年月が経ちました。
彼らは強くなり続け、もはや並び立つ者がいなくなった今でも、剣の腕をひたすらに磨いているそうです。
深い森の中、不死身の体を斬り刻み合いながら——……
……——ナギが訪れた森には、そんな伝説があった。
ナギとニアはその物語を、寝物語によく父から聞かされたものだった。
樹海を何日も彷徨った末、ナギは〝右〟と〝左〟の住む小屋へと辿り着いた。
ナギは二人に、「魔女へ復讐するため、自分に剣術を教えてほしい」と頼んだ。
「里に帰れ、哀れな半竜族の娘よ」
と〝右〟が言い、
「我らの剣は、他者に教える為のものではない」
と〝左〟が言った。
しかし、ナギは諦めなかった。
ナギはその日から食事を一切とらずに、小屋の前に座り込んだ。
二人はナギを無視し、屋外で修行を始めた。
ナギは二人の一挙手一投足を見逃さぬよう、じいっと彼らの動きを目で追い続けた。
数日に渡る座り込みの末、根負けした二人は、ナギを小屋に招き入れ、食事を与えた。
修行が始まった。
二人とも、半竜族の強さは身をもって知っていた。
だが、ナギはまだ幼く、しかも女。
すぐに音を上げるだろうと、二人は高を括っていた。
しかし、それは誤りだった。
ナギは、部族一の狩人と呼ばれた父の血を色濃く受け継いでいた。
倒れても何度でも立ち上がる根性と、強靭でしなやかな体を持っていた。
そして何より——ナギには、剣の才能があった。
ナギは二人と共に、獣を狩り、木の実やキノコを集め、修行に明け暮れた。
来る日も、来る日も。
幾度か、季節が廻った。
「森を出ろ、誇り高き半竜族の娘よ」
と〝右〟が言い、
「我らの剣は、既にお前に教え尽くした」
と〝左〟が言った。
「しかし、私はまだ、貴方達に遠く及びません」
#怪異
耐え内
233
#怪異
阿炎快空
123
#ダークファンタジー
阿炎快空
82
ナギがそう言うと、
「当たり前だ。我らを超えるまで、あと何百年もこの森で過ごすつもりか?」
と〝右〟が言い、
「お前は充分に強い。ここから先は、自身で研鑽を積むがよい」
と〝左〟が言った。
小屋を去ろうとするナギを、二人が呼び止めた。
二人は最後に、ナギにあることを頼んだ。
契約の際に悪魔が手を抜いたのか、はたまた体が二つに分かれてしまったことで効力が弱まったのか。
不老不死の体を手にした彼らも、一箇所だけ老いから逃れられない部位が存在した。
脳みそだ。
この数年で、二人はだいぶ物忘れが激しくなっていた。
つい先ほど何を食べたのか思い出せないこともしょっちゅうであった。
剣を握っている間は、いくらか頭がはっきりとした。
培った技術は、体に染み付いていた。
しかし——いずれは自分達が何者なのかもわからなくなり、剣の振り方も忘れてしまうかもしれない。
二人は恐れ、そして願った。
自らの長い人生に於いて、最も強い、今この時に死にたいと。
二人はナギに、一本の刀を差し出した。
それは〝闇斬り〟と呼ばれる妖刀で、二人を殺して名をあげようとした、とある剣士が持っていたものだった。
その刃には、不死身の生き物を殺すことができる魔力があった。
吸血鬼や不死鳥、はたまた人魚の肉を食した不死者であろうと、その力の例外ではなかった。
「我ら二人を生み出したのと同じ半竜族が、我ら二人を終わらせる——これも運命か」
と〝右〟が言い、
「いざ死を前にすると、我らの剣技を受け継ぐ者がいるのは大きな救いだ。感謝する」
と〝左〟が言った。
人生の最後に、二人はこれまでになく激しく斬り合った。
やがて——二人は相打となって斃れた。
ナギは頼まれていた通り、緩やかに再生を始めた二人の心臓に、〝闇斬り〟の刃を突き立てた。
師の死体は、両者ともに穏やかな笑顔であった。
ナギは二人を丁寧に埋葬し、それから森を後にした。
その腰に、二人から譲り受けた〝闇斬り〟を差して——
コメント
1件
第43話、拝読しました。「右」と「左」に分かれた不死の剣士たちの伝説と、ナギが彼らに師事する流れ、とても引き込まれました。特に、老いによって記憶を失いゆく二人が「最も強い今この時に死にたい」と願い、ナギに自らの最期を託す場面が胸に残ります。穏やかな笑顔で斃れた師弟の姿と、ナギがその刀を受け継いで森を後にするラスト——静かで、美しい別れでした。