ピンポーン。
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン――――
「あぁ、うっせぇ……誰だよ。朝っぱらから」
「春ちゃん、行かないでぇ」
まだ眠たい身体を起こし、玄関に向かうとすれば、神津は俺の腰に抱き付いてきて離そうとしなかった。
知り合いがここを尋ねてくることはまずない。となると、インターホンを鳴らしているのは探偵事務所に依頼をしに来る人だけだろう。そう考えながら、俺は電子時計をちらりと見た。まだ八時にも満たない時間。セットしたアラームも鳴っていない。こんな朝っぱらから非常識だなあと思いつつ、無視することも出来たのだが数少ない人の来訪なので仕方なく出ることにした。
「おい、離せ」
「無視していいじゃん。まだ事務所空ける時間じゃないし」
と、俺を後ろから抱きしめてくる神津の腕を剥がそうとするものの、力が強すぎてびくともしない。
確かに神津の言うとおりである。
俺は暫く考えて、はあ……と大きな溜息を漏らす。そうして、神津の頭を数回撫でてやった。柔らかな亜麻色の髪はこれでもかと言うぐらいふわふわとしていた。まるでポメラニアンだなと思いつつ、そんな小さくて可愛い犬ではないことを俺は思いだした。
(俺が猫なら、こいつは犬だな)
感情を表に出すし、甘えたがりで、人懐っこい。
それにしても神津の匂いは甘いなと感じる。香水をつけているわけでもないのに、何処か落ち着く香りだった。
その間もピンポーン、ピンポーン、ピンポーンとインターホンが鳴り続けていた。
「ちょっと行ってくるな。すぐ戻ってくるから」
そう、神津をどうにか宥めて俺は寝室に散らばっている下着やらしわになった黒いスーツを着て、慌てて外に出る。髪の毛はまあセットしなくても大丈夫だろう。今日は以外と落ち着いているから。
「はい、今出ます」
俺はそんな風に声をかけつつ事務所のシャッターを開けた後玄関の扉を開けた。扉の前に立っていたのは、三十後半ぐらいの女性で、酷い隈と血走った目を俺に向けていた。すぐに出なかったことに対して怒っているのかと思いきや、どうやら原因は他にあるらしく、俺はすぐに彼女を中へ案内することにした。
申し訳ない程度にコーヒーを入れて、ソファに腰掛ける。
「今日はどういったごよう――――」
「娘を、娘を探してください!」
俺がどんな依頼かと尋ねる前に女性は前のめりになって机を叩き、そう叫んだ。寝起きの耳にヒステリックな声が響き、思わず顔をしかめる。しかし、その不快さを表に出してはいけないと俺は一旦咳払いをする。そうして、女性の方も落ち着いてもらうよう促した。
「と、一旦落ち着いてください」
「……落ち着いていられません」
と、何故かこっちが悪いみたいに女性は俺を睨んできた。
だが、女性の焦ったような表情や声からこれはただ事ではないと察し、落ち着けないのならひとまず依頼の内容だけでも聞こうと思った。大方予想はつくが。
「娘が昨日から行方不明で」
「警察には行かれましたか?」
「勿論です。ですが、何の連絡もなくて……」
「まだ捜索が始まって一日目でしょうから」
そう俺が言えば、女性は「誘拐されたかも知れないんですよ!?」とまた大きな声で怒鳴った。
失言だとは思ったが、警察が動いているのに探偵にまで依頼するかと思ってしまったからだ。俺からしたらお金が入るからいいが、警察のことも信用してあげて欲しいと、昔警察だった立場からして思う。
しかし、冷静さがかけるぐらい女性は娘のみを案じているらしい。
「娘がいなくなったのは、昨日の下校中です。初めは友達の家に遊びに行ってから帰ってくるのかと何の心配もしていませんでした。でも、門限を過ぎても帰ってこず、娘の友人の家に何度も連絡しましたが誰のところにも行っていないと。もしかしたら誘拐じゃないかと、警察に行きました」
女性はそこで呼吸を整える。
女性がここまで焦っている理由が何となく分かった。この間の女性も言っていたように、この町では最近少女を狙った誘拐が増えているらしい。その少女達はまだ見つかっていない子がたくさんいるとか。狙われるのは大体下校時間だそうだ。
その可能性を考えると、いてもたってもいられなくなるのは分からないでもない。
「ん~春ちゃん、まだ戻ってこないの?」
「おい、神津依頼人が……」
寝ぼけ眼を擦りながら、一応服を着替えた神津が事務所の奥から出てきた。だがその態度というか、その無防備さを依頼人の前では出して欲しくないし、失礼だろと怒鳴れば神津はしゅんと耳を垂れさせた。
だが、目の前の女性はそんな神津の事など気に留める様子もなく一枚の写真を撮りだした。
「これが、娘の写真です」
「……は?」
そう言って出された写真に視線を移した瞬間、ドクンと心臓が大きく脈打った。
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