「……は?」
ドクン、ドクンと大きく心臓が脈打ち呼吸が浅くなるのを自分でも感じていた。
(は……どうして?)
女性が娘だといって見せた写真に写った少女の顔が雰囲気、全てがそっくりだったのだ。
混乱する頭を必死に整理しようと試みるが、上手く思考が働かない。
「春ちゃん大丈夫?」
「ひゅっ……」
神津に自分の名前を呼ばれ、俺はようやく息の仕方を思い出した。それと同時に一気に冷や汗が流れ出す。
心配そうに俺の顔をのぞき込む神津の顔があり、前を向けば女性の方も俺の事を心配しているようにオドッとした先ほどとは打って変わって優しげな印象を受けた。俺は動揺を悟られないよう、いつも通りの口調を心掛けて女性の方を見る。
「失礼ですが、娘さんは何歳ですか」
「えっと、8歳です」
「…………」
「それが何か?」
と、女性は眉間に皺を寄せた。
俺はその言葉を聞いて片手で顔を一掃する。上手く取り繕える自信がない。
女性は、その後娘が通っている学校や名前などを説明し、改めて娘を捜索して欲しいと依頼してきた。
「分かりました。警察も動いていると思うので、勿論最善は尽くしますが」
俺は女性の依頼を受けるという意思を彼女に伝えた。女性は、お願いしますとようやく冷静になったのか頭を下げ、事務所を出て行った。
「はあ……」
女性が出て行ったのを確認し、俺はソファにずるずると倒れ込んだ。天井が高く見える。
出したコーヒーは飲まれず置かれたままだった。勿体ないと、神津は冷めたコーヒーを飲みながら向かいの席に座る。
「春ちゃんさっき動揺してたけど、どうしたの?」
「いや、何でもない」
「うっそだぁ。絶対に何かあるもん」
そう神津は言って俺に言うようにと目で訴えかけてきたが、俺は話す気にはなれなかった。
神津はズズズ……とコーヒーを飲みつつ、息を吐いた。長いまつげのしたから見える若竹色の瞳は綺麗だと改めて思う。俺は天井を仰ぎながら目を細めた。
(そりゃそうだよな……あの子が生きているわけがない)
グッと握った拳を開き、掌を見つめる。この手で守れなかったものは一つや二つではない。
暗い顔をしていたのがバレたのか、神津は立ち上がりキッチンの方へと向かっていく。
「春ちゃん、ココア飲む?」
「いらない」
「でも、なんか顔色悪いし。甘いもの飲んだら元気出るかも」
「いい」
そんな風に返せば神津はピタリと足を止め、方向を変え俺の方に近付いてきた。
「何だよ」
「いーから。はい、春ちゃんちょっと立って?」
「んだよ……」
俺は訳も分からないまま、神津の言葉に従い立ち上がると、後ろを振り向く間もなく抱きしめられる形で腰に手を回される。
「ゆ、恭……?」
「春ちゃんは一人じゃないからね? 僕がいるから……」
背中から伝わってくる体温が温かくて心地よく感じる。
酷く痛く脈打っていた心臓がだんだん穏やかなリズムを取り戻していくのが分かった。
(ああ、やっぱりこいつには敵わないな……)
俺がこんなにも落ち着けるのは神津しかいないだろう。神津は俺にとってなくてはならない存在だ。
それは神津も同じ気持ちなようで、俺が落ち着くまでずっとそのままの状態でいてくれた。それでも、話せる気になれなかったのは俺が二年前のことを思い出したくないからだ。忘れたくてもふと夢に出てくる。
「どう、落ち着いた?」
「ああ……神津」
「何? 春ちゃん」
「やっぱ、ココア飲む」
そう言って振り向けば、神津は少し驚いたような表情を見せた後、すぐに笑顔になり了解と一言呟いて台所へと向かった。
俺はその背を見ながらソファに座り直す。そして、再び先ほどの写真を手に取った。
(似ている……だけど、全くの別人だ……)
写真の少女は、黒髪をお下げにし前髪を赤いピンで留めていた。俺の知っている少女もお下げでピンで前髪をとめていた。だがピンの色も違うし、髪の毛のはね方も違った。よくよく見れば別人なのだ。それでも、取り乱してしまうのは似ていたから。記憶に閉じ込めていたものがブワッと蘇ってきたから。
死人は生き返らない。
「ああっ!」
「ど、どうした神津!」
キッチンの方で神津が大声を出すので、火傷でもしたか、虫でも出たかと立ち上がる。そういえば、神津は虫が苦手だったよなあなどと、キッチンに向かえば俺の足音を聞いてか神津はすぐさま俺の方を振返った。
辺りを見渡す限り虫がいるような気配はない。また火傷したということでもないようだ。俺は安堵しつつ、びっくりするような声を発した神津を睨んでやれば、神津は、はくはくと口を動かしていた。
「何だよ、神津。大きい声出しやがって」
「春ちゃん」
「ああ?」
「僕、今春ちゃんのパンツ履いてるんだけど」
と、神津はぽろりと言葉を漏らす。
俺は一瞬思考が停止しかけたが、ズボンの下に確かに違和感を覚え神津の方を見た。
「さっき春ちゃんが急いで出てったとき間違えて履いたんだぁ~」
そう言いながら、神津はわざとらしく声を上げて、泣き真似をしていた。
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