(リースしか入れないのに、なんでこの空間が歪んでいるわけ!?)
「捕まってろ」
「う、うん」
リースに抱きしめられ、私は、歪み続ける空間をただただ見つめることしか出来なかった。どういった経緯で、こうなったのか、理由が全く思いつかない。しかし、誰かが外から介入したと言うことだけは分かった。だが、其れができる人なんていないだろう。
(もしかして、エトワール・ヴィアラッテア!?)
何処からか、監視していて、この状況を狙ってきたのかも知れないと。この空間ごとぺしゃんこに潰す気ではないだろうか。そんな最悪の想像をしてしまい、私は彼に強くしがみついた。ドッドッドとリースの心臓の音が聞える。
「え、エトワール。あまり、その、近付かないでくれ」
「何でよ。この空間が潰れちゃったら……分裂とかして、離ればなれになったら危ないじゃない!」
「そ、そうなんだが」
もしかして、この状況で照れている? そんな場合じゃないでしょ、と叩きたくなったが、さすがにそんなことを出来る余裕は私にもなくて、一体どうすればいいか分からずに魔力だけが、その場で漂った。魔力を集めてどうにか何かしらの魔法を放てばいいのかも知れない。でも、どうしたら、この空間の歪みを止められるのかと。
(でもここは、前のリースが大切に使っていただろう部屋だし、ぺしゃんこにさせるわけにはいかないのよ)
あの、鍵付きの引き出しに何かしらのヒントがある気がする。あの中に何かが入っていたとして、それが今後役に立つかも知れないと。
そう思って、あの鍵付きの引き出しを見たら、キラリと存在を示すように光っていた。
「エトワール待て、離れるなと言ったのはお前だろ!」
「待って、リース。あの鍵付きの引き出し、あれを!」
私は、彼の腕の中から抜け出し、引き出しの元に走った。空間はその間にも歪み、真っ直ぐ歩くのが困難な状況になっていた。
後ろからリースの舌打ちが聞え、私を追ってきているのが分かる。私はそれを確認はしなかったが、後ろで感じていて、引き出しに手が触れた。引き出しは、他の家具と違って曲がっている様子も、空間の影響を受けている様子もなかった。やっぱり、何かしらの魔法がかかっているのだと。
「エトワール、ここから脱出しないといけない。このままじゃ、危険だ」
「危険って……それは分かっているけど。この引き出し」
「引き出しなど、どうでもいいだろ。命の方が大切だ」
ごもっともな意見。リースも焦っているのだろう。
もしこの空間に、時間制限があったとしたら、その制限で、空間が一時的に消滅する、というのはあり得るのかも知れない。けれど、リースの反応を見る限り絶対そうじゃない、非常事態のため、ここから脱出しないといけない。
目の前の引き出しは光ってはいるが、相変わらず開いてはくれなかった。
「エトワール、早くしろ」
「分かってるって。何か、細い棒とかない?この引き出し開けるための」
「まだ、引き出しにこだわっているのか。何故そこまでこだわるんだ」
「当たり前でしょ、前のアンタが……リースが何か残しているかも知れないの。アンタ、これ光っているの見えないの?」
と、私は、リースに訪ねた。リースは何のことだかと、顔をしかめる。その様子から、彼には見えていないのだな、と瞬時に分かった。
(なら、これは何かのアイテム的な?私にしか見えないってことは、まだ、ストーリー上のアイテム……まだ、ストーリーは終わっていなかった?)
考えたいことは山ほど出てきたが、この空間からの脱出、引き出しを開けることに集中しなければ、と私は、手に魔力を集めた。この引き出しが壊れるとは思っていないけれど、一か八か、魔力をぶつければ。
そう思い、魔力を溜めると、リースが私の手を包み込んだ。
「何するのよ!」
「無駄だ」
「やってみないと分からないじゃない。止めないでよ!」
「やったんだ。試した。昔何度も、ここに魔法をぶつけた。剣で切り裂いてみた。だが、その引き出しには一切傷がつかなかった」
と、リースは真剣に言ってきた。その真剣さが伝わって、私は集めた魔力を霧散させる。
「で、でも、聖女の力ならいけるかも知れない」
「そんなので出来たらいいな……だが、きっと無理だ。諦めろ」
「早く脱出しなきゃって言うのは分かってるの。でも、私には見えるの。この引き出しに何か大切なものがはいっているって」
「そんなに、本物のリースが大切なのか」
リースはそう叫んだ。
私は、それを聞いて手を止める。本物のリースが大切なのかという投げかけに対し、私は何と答えれば良いだろうか。こんな所で嫉妬しているリースもリースだと、叫びたかったが、彼に言い返したところで何かが変わるというわけでもない。いや、この状態で言い返しても言い負かされるだけだと。
(大切なのはアンタよ、でも、何かここにヒントがある気がするのよ)
異常事態だから、彼も切羽詰まって言っている。それも分かる。でも、私には、この先のことを考えて、この引き出しに入っているであろう何かが必要だったのだ。
「いい、魔法をぶつけるから!」
「エトワールよせっ!」
リースを振り払って私は引き出しに向かって火の魔法を放った。火の魔法は引き出しに当たるとふしゅっ、とおとをたてて消えてしまう。かなりの高火力だったのに、一瞬でして消えた火を見て私は唖然とする。
「ほら、言っただろう。そもそも、この部屋は、そこまで魔法を使えない。さっきも言ったはずだ、制限されているんだ。この空間を作った人間か、それとも空間の意思か、魔法を嫌っている」
「……そ、そんな」
「もう、いいだろ、諦めろ。エトワール」
目の前で魔法という希望が打ち砕かれた気がして、私は、がくんと肩を落とした。そんな私を抱き上げて、リースが何やら詠唱を唱える。鍵としての役割を果たし、ここから脱出しようとしているのだろう。私はそんな彼に抱きかかえられ、あの引き出しを見つめていた。何か開ける方法はないのかと、模索するがいい方法は出てこない。
一人打ちひしがれていれば、カンと何かが床に落ちる音がした。
「鍵!」
「エトワール、だから暴れるなと」
「リース鍵だよ。鍵!これ、あの引き出しの鍵じゃない!?」
「そんなわけ……ッチ、五秒だけだ、五秒で開けてこい」
リースはその鍵を見て、何か思い当たるところがあったのか、私を離し、引き出しの方へと押してくれた。私は、歪んだ床を滑りながら、あの引き出しに手を伸ばし、落ちていた鍵を拾いあげ、鍵穴へと差し込んだ。
黄金の鍵がキラリと閃き、ガチャリと音を立てて引き出しが開く。
「五秒だ、エトワール、捕まれ!」
「え、え、待って!」
引き出しの中身を確認する余裕もなく私は反射的に、リースの手を掴んだ。その刹那、引き出しの中に手を突っ込み確かに何かを掴んだ。歪み崩れゆく空間から私達は脱出し、皇宮の大広間へと出る。
「いてて……」
「大丈夫か、エトワール」
「な、何とか……って、あれ、しっかり掴んだはずなのに……」
大広間はがらんとしていて、それでいて静かだった。大きなシャンデリアと、螺旋階段、赤い絨毯と玉座がある。いつも、ここでダンスやパーティーを行っているんだろうなっていう大広間は、人がいないと寂しげだった。
私は、転移が完了した後辺りを見渡した。持ってきたはずの、何かがなかったからだ。
「もしかしたら、あの空間から持ち出せなかったのかもな」
「な、なんで」
「基本あの部屋にはものを入れることは出来るが、持ち出すことは出来ない」
「さ、先にいってよ」
「だが、俺が持ち込んだものではなければ持ち出せると思った……違ったようだな」
と、リースは後付けのように言った。それが、腹が立って文句を言おうとしたとき、大広間の扉が開いた。こんな場所に誰が、と立ち上がれば、少しくすんだ金色が見え、私はヒュッと喉を鳴らした。リースも瞬時にその誰かに気づき、私を庇うようにしてたつ。
「こう、てい……陛下?」
そこにいたのは、皇帝陛下と何人かの騎士達だったからだ。
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